2010年08月11日
なんでも真に受けない
現状曇りで、予報ではこのあとずっと雨マークだけれども、果たしてそうなるのかどうか、もはや期待はしていない。 まあ雲の感じは、降りそうな方向だけれども。
普段の生活の中で最も嫌っているものの一つに、消化されていない情報に基づく勝手な判断、というのがある。 新聞にしろ、TV・ラジオにしろ、インターネット上にしろ、そこに出てくる情報は、必ず手が入っている。 それを盲目的に信じることは危険であることくらい、いい加減理解されてもいいのに、多くは疑うことすらしない。 何が何でも疑っていけというのではない。 そこに自分の意見がないというのでは、あまりにも無責任だろうということのなのだな。 ましてそれを元に同意を求められても、簡単に返事などはできないだろうに。 いい年齢をした大人ですら、成長を感じられない行為を見ていると悲しくなるのだね。
もっと危険な行為と感じているのは、TV・ラジオにおいて、新聞記事を取り上げて紹介することなのだな。 第一TV・ラジオにとっては、これほど楽な手法もない。 しかも責任も取る必要がない。 しかし取り上げているのはある一面でしかないわけで、その時点で恣意的であることから入らなければ、判断を誤る。 永年有名長時間番組を週末聴いているが、昨今はそもそもが違う部分で声高に意見をいうものだから、辟易してしまうことも少なくなくなったのは残念だことではあるのだな。 まあこういうケースにおいては、平気で人格を傷つけている事も少なくなく、明らかに間違ったことを訂正することもないから、反面教師として活かしていくよりない。
別に偉そうなことを書くのではないのだが、こうした部分を見かけるにつけ、謙虚さの必要を感じるのな。 少なくともああいう形で醜くはなりたくないものだと。 勿論自分を高みに置くということではないし、まして上から目線などはもってのほかではある。 ただ何でも真に受けてしまうことだけはせずに、何故その情報がこのタイミングで出てくるのかとか、報じられていないのは何故なのかにまで気を巡らすようにしないと、危険ではないのかと考えるのでありますよ。
posted by akira37 |05:01 | その他 | コメント(0) | トラックバック(0)