2007年07月09日

sprit

魂のこもったプレーと言うことがある。これを「心」に言い換えることは出来ないと思っている。魂と心は違うものだろうか?物には「魂入れ」という儀式が存在するけれども、心のこもったおもてなしなどという表現も存在している。

釣り竿に魂を入れるというのは、魚を釣ることに他ならない。そうすることで釣り竿には魚を釣るという行為に対する命が宿るらしいのだ。

クイックミノーを投げ、小さなヤマメがヒットする。浅瀬だから大きな魚は出にくいのかもしれないけれども、魚がかかったと言うことは嬉しいことだ。

5ポンドラインは、小さなミノーを的確にとばすことが出来る。上流に向けて着水させ、ラインを巻始める。目の前でヒットした魚がばれる。テンションが足りなかったのか?ドラグや緩かったのか?反省する点は多い。
それでも濁りの中から魚は姿を現し、元気に去ってゆく。

サッカーの試合においても、魂の入る瞬間がある。応援がゴール裏でまとまり、会場が同じ響きになった瞬間は、鳥肌物になる。ドームでは共鳴がおき、厚別ではエコーがかかる。こういうときは応援していて嬉しくなる。やはり魂が宿る瞬間なのだ。勝つために応援する。負けるための応援なんてあり得ない。

魂は人の手を離れ、会場全体にその広がりを求めるのだ。

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2007年07月09日

第3クールへの道

斉藤氏は語る。

「先に点を奪われてリズムを悪くしてしまった」。札幌は多くの選手がこう振り返る。ロングボールやフリーランニングに揺さぶりを掛けられ全体が間延びしてしまった札幌は、まずはゲームテンポを落として全体のバランスを整えたかったが、先制点を奪われた焦りからかボールを持つとすぐに縦へ蹴ってしまい、そしてもちろん全体が間延びしたままなわけだから、前線のダヴィ、中山が空中戦に競り勝ってもセカンドボールが拾えず攻撃の形を作れないという場面が多かった。ブルーノ クアドロスや大塚といった経験豊富な選手や西谷というキープ力のある選手がいるのだから、どこかのタイミングでゆっくりとボールをキープして全体の距離を再確認していれば、試合の展開はもう少し違ったものになっていたかもしれない。

こうして試合は、山形のプラン通りに推移していった。だが、「結果を出す」ということを最優先に考えた場合には、山形の方にもゲーム運びの拙さがあったことは否めない。アウェーゲームで前半に先制点を奪うという理想的な形に持ち込むことができたのだから、その後は守備のパワーバランスを高めて徹底して逃げ切りを図るという策もあったはず。しかし、この日の山形はそうしたことはせず、攻撃の選手は終始ゴールを目指し、DFラインも高いゾーンを保ち、オフサイドトラップを積極的に仕掛けるアグレッシブな攻守を見せた。そうした結果、前半終了間際という大事な時間帯にカウンターからダヴィに同点ゴールを奪われてしまったのだ。

しかし、これが山形の目指すサッカーなのだろう。樋口監督は「やはり我々は常にアクションを起こしたい。攻撃も守備も、アクションを起こすことでイニシアチブを握れる」と目指すサッカーの方向性を語る。勝点3こそ奪えなかったが、首位・札幌を相手に自分達のプランで試合を進め、敵地で勝点1を得たことは今後に向けて大きな収穫となったかもしれない。そして、ゾーンディフェンスを間延びさせられ苦しい試合となったが、それでも引き分けに持ち込んで勝点を積み上げた札幌のしたたかさも、さすがと評するしかない。

しかし、「シーズンはまだ半分しか終わっていない」(札幌・西嶋)。残り半分が終わったその時、どういったスタイルのチームがどういった結果を手にしているのか。楽しみでならない。

負けないだけでは、第3クールは戦えない。やはり勝ちきる闘いを仕掛けていくことが大切だろう。耐えるだけではなく、自分達から勝ちを呼び込むサッカーの必要性が問われてくる。
熱いハートとしたたかな冷静さが求められてくるだろう。


posted by yass |07:36 | 雑感 | コメント(0) | トラックバック(0)