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京都生まれの長崎育ち。宮崎-滋賀と経由して転勤で北海道に。空知管内在住。03年の開幕戦(ドーム・横浜FC戦)が初観戦、わたらせばしです(CNNコンサ隊・隊員番号21番)。嫁・ぴんちゃん、娘・にぃにぃ共々よろしく~。 最近はツイッターにも手を出し始め、アカウント「wataraseconsa」でつぶやいたりもしています。
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2006年12月30日
試合終了の笛がなった瞬間 一気に脱力感が全身を襲った。 天皇杯に意識を集中したこの3,4週間の緊張が一気に解け 無意識にためていた疲れが一気に襲ったかのようだった。 敗戦=柳下札幌のラストという事実に 試合後のゴール裏はどのような感じになったのか、とても気になった。 現地で見ていた新潟戦、甲府戦と違って 今回はテレビ観戦だったため 伝え聞くしかその術は無かったのだが。 新聞等によると、記者会見が終わるまでサポーターが残って監督を待ち トラメガを持った(!)監督がゴール裏のサポーターのために 最後の言葉をかけたとのこと。 札幌の監督としての最後のヤンツーさんと同じ時間を共有できた現地組の皆さんは 実にうらやましいし、誇りにしていいと思う。 この天皇杯の快進撃は実に楽しい時間であった。 月並みだけど、夢のようであったとでもいうか。 消化不良で終えたリーグ戦 あれで柳下札幌が終わっていたらと思うと実にゾッとする。 チームは団結し、これまでの3年間が間違いでなかったことを 証明するかのように、J1チーム相手に勝利を重ねていった。 自分もフクアリ新潟戦、ユアスタ甲府戦と 現地まで足を伸ばし、声を振り上げた。 アップセットを成し遂げる側のサポーターとして 特別な勝利の喜びを2度も現地で味わえたことは 自分の中に深く記憶されることだろう。 自分の観戦記「コンササポーターになりたい」 http://www.geocities.jp/yamatosprint/consadole.html の冒頭に 「この物語はあるクラブの荒廃に戦いを挑んだ熱血監督の記録である プロサッカー界において全く無名の弱体チームが荒廃の中から健全な精神を培い わずか・・・年で全国優勝を成し遂げた奇跡を通じて その原動力となった信頼と愛を余すところなくドラマ化したものである。」 と記している。 自分と同世代の特にテレビ好きの方ならピンとくるかもしれないが 1984~85年に放送されたテレビドラマ「スクール☆ウォーズ」のオープニング冒頭に流れるナレーションをもじったものである。 ヤンツーさんが札幌の監督に就任して数ヶ月 その人柄を知るにつれ 若いチームを我慢強く育て上げる姿が 「スクール☆ウォーズ」の(山下真司演じる)滝沢監督にダブってしょうがなかった。 そんなこともあっていずれヤンツーさんの元でJ1制覇・・・ そんな夢を見て、まぁほとんど冗談で記したものである。 (2004年のシーズン途中だったような) ヤンツーさんの退任が決まり そんな夢(というか冗談)の看板も下げないといけないかなぁと思っていたところの 天皇杯の快進撃だった。 「わずか3年で全国優勝」も夢ではないところまで 本当にたどり着いたのだが・・・。 ヤンツーさんのその頑固ぶりに不満を感じることもあった。 けど、足踏みは緩やかながら確実にチームの成長を感じられる3年間 そんな感じだった。 (それもこの天皇杯があったおかげ。鳥栖戦で終わっていたらどう感じていたのだろう。) ヤンツーサッカーを3年間見れたことは実に幸せだった。 この3年間が真の意味で間違いでなかったと思えるように ヤンツーさんが築いた礎が 三浦さんのテイストを加えることで昇華し J1昇格という結果を残す。 そうなるように、ヤンツーさん同様に三浦さんにも最大の信頼をもって 応援するつもりである。
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