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性別:男 年齢:30歳代半ば 出身:兵庫県西宮市甲子園 現住地:北海道札幌市 サッカー歴:素人。たまにフットサルをやる程度 ポジション:アウェイ側B自由席 2007/12:加齢に伴い年齢を実態に即した形に書き換えました
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2006年04月03日
ラリー・コリンズ/ドミニク・ラピエール(著) 志摩隆(訳)『パリは燃えているか?』(上)(下)(新装版・早川書房 ISBN:4152086270(上)・4152086289(下)) 以前紹介した『さもなくば喪服を』のコンビ、コリンズ・ラピエールによるノンフィクション。映画化されており、そちらを御覧になった方もおられるのではないでしょうか。 1944年8月25日、パリ解放。「敵の手に落ちる時にはパリの全てを爆破せよ」という指令に悩むドイツ軍パリ大司令官フォン・コルティッツ、ナチスドイツの手からパリを、祖国を取り戻すべく奔走するシャルル・ドゴールとその部下達、パリ解放により進軍が遅れることを憂慮しドゴールと対立する連合軍の元帥ドワイド・アイゼンハワー、そしてラステンブルクの地下壕に潜むアドルフ・ヒトラー…。しかし、本作の真の主人公はパリ解放を願い、またパリ防衛を遂行するために戦った市民・兵士一人一人であると言えるでしょう。 本書には、1000人に及ぶ人々に対するインタビューの結果得られた「8月25日」に関わるエピソードが収められ、それらがリアリティ溢れるストーリーを織りなしています。登場するのはごく普通のパリ市民からレジスタンス、ドイツ兵とさまざま。「彼らにとってのパリ解放の意味」が実に丁寧に描写されており、歴史上の大事件の背後にある人々の営み・意思といったものを鮮やかに描き出しています。 そこに関わる全ての人々にとって、パリ解放はそれぞれ独自の意味を有していた。その意味に向かった彼ら「一人一人の行動の集積」としてのパリ解放…。なるほど、先にこっちを読んでいたから受け止め方がああなったわけだ。昨日の『タイタンの妖女』と、ここでつながりました(独り言)。 『さもなくば喪服を』に比べてかなり細かい場面割りが施されており、展開のスリリングさはこちらの方が断然上。訳文調に弱い、外国人の名前を覚えるのがちょっと…という方は、あまり一つ一つのエピソードに拘泥することなく流れに任せて読んだ方がよろしいかと。 もう一つ、こっから下は本当の独り言。「巻末特別エッセイ」で作家の柳田邦男さんが言っている次の部分が印象に残ったのでメモ。 書く対象の事件が大きなものであれば、事件発生のホットな時点で、各種のマス・メディアがセンセーショナルに大きく報道する。時にはうんざりするほど、過剰な情報が流される。(中略)ところが、五年、十年と経つうちに隠されていた秘密文書が見つかったり、沈黙していた関係者が口を開いたりすると、事件の姿形や内実が通念化していたものとかなり違うものであることがわかったり、感動的な秘話が明らかにされたり、事件の歴史的な意味が分かったりする。だから、事件当時に取材した記者が《あの事件については自分がみな知っている》と思いこんでいても、後になってノンフィクション作家による事件の再発掘や再検証をした作品を読むと、そこには知らなかった事実がぎっしりと詰まっていたということが、しばしば起こるのだ。しかも、年月が経っていても、かえって人物の一人一人が生き生きと描かれるようになる。 このことはノンフィクション作品が担っている役割と重要性を示すものだ。その意味で、ノンフィクション作家は、ジャーナリストと歴史家の両方の領域に片足ずつを突っこんで仕事をしている表現者だと言えるだろう。 「ノンフィクション作家が羨ましい」と時々思ってしまう自分を見透かされているような気分。そんなこと考えてちゃ仕事にならんぞ、と自分に戒め。
2006年04月03日
カート・ヴォネガット・ジュニア(著)浅倉久志(訳)『タイタンの妖女』(早川書房 ISBN:4150102627) お笑いコンビ・爆笑問題の太田光がもっとも感銘を受けた本としてしばしば紹介しているSF小説。さっき「はてな」で検索かけてみたら、やはり『爆笑問題のススメ』最終回を見て購入した人が多いようです。私もそのクチですが。 すべての時空にあまねく存在し、神のごとき全能者となったウィンストン・N・ラムファードは、戦いに明け暮れる人類の救済に乗り出す。だが、そのために操られた大富豪コンスタントの運命は悲惨であった。富を失い、記憶を奪われ、太陽系を星から星へと流浪する羽目になったのだ。最後の目的地タイタンで明かされるはずの彼の使命とはいったい何なのか?(裏表紙紹介文より) 本作が言いたかったこと、漫画版『風の谷のナウシカ』とちょっとだけ重なっているところがあるように思います。(以下、ネタバレあり)
「時間等曲率漏斗」の中に落ち、過去・未来と現在を自由に行き来できるようになったラムファードは、自分の計画のために、アメリカ随一の富豪、コンスタントを屋敷に招き、自分が「見てきた」コンスタントの将来を伝える。それは「火星に連れて行かれ、ラムファードの妻との間に子供をもうけ、その後水星・地球を経た後土星の衛星タイタンにたどり着く」というものだった。ラムファードの「予言」を拒もうとする彼の妻ビアトリスとコンスタント。しかし… コンスタント、ビアトリスのみならずラムファード、果ては人類全体の営みまでもが結局他人に利用されていたに過ぎなかった、しかも何とも下らない目的のために。このことが最後に明かされるのですが、それを受けてビアトリスは次のように語っています。 「『わたしは決して』」とビアトリスは自分の著書を朗読した「『トラルファマドール星の力が、地球の事件となんらかの関係を持ったことを、否定するものではない。しかし、トラルファマドール星に奉仕した人びとは、トラルファマドール星がその事件にはほとんどなんの関係も持たぬと言いうるほどの、極めて個性的な方法で彼らに奉仕したのである』」 人間はたとえ誰かに操られ、利用されても、それでも自分の意志で生きているんだ、それでいいじゃないか…。こう作者は言いたいのではないでしょうか。
これと似たテーマををシリアスに描いたのが漫画版『風の谷のナウシカ』であるような気がします。漫画版『ナウシカ』では「汚染された大地と生物を取り替える計画の一環として腐海が造られ、人類も科学者達によって腐海に適応するように造り替えられ、地球の浄化が終われば清浄な世界に耐えられない彼らは用済みになってしまう存在である」という設定になっています。このことを知ったナウシカは、浄化が終わった後の世界を再生する知恵が保存されている「墓所」を破壊するのですが、その際に「たとえ誰かに造られた存在だとしても生命は生命の力で生きている」という意味のことを言っています。 まぁ、本作と『ナウシカ』の設定する「利用する誰か」は根本的には違うのですが、長くなるのでやめます。
爆笑・太田はこれを読んで号泣したと聞きます。何のために生きているのか、そうした疑問を抱えていたときに読んだからだそうです。確かにいいこと言っているよな、と思いつつもそこまで感銘を受けなかった私は、とにかく生きていくしかないことを分かっているのか、それとも単にお気楽なだけなのか、よく分かりません。が、きっと明日からも下らないことで笑い、ちょっとしたことで怒りながら生きていくことでしょう。
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