2007年11月03日

1勝2敗1分け

さてタイトルは何の数字でしょう?

正解はJ2における11月の鳥栖戦の札幌の戦績。
よろしくない。ぶっちぎりの昇格を遂げた00年ですら0対2の完敗
<優勝を決めた厚別の大宮戦の直後だったという言い訳はできるが

というわけで、こちらに触発されて、プレビューでふれるつもりだった
「鳥栖の終盤の怖さ」を前倒しで論じ、自他ともに引き締めを図る。

このテーマを論じる時に外せないのが、00年と01年である。

  • 00年J2最終節

2位浦和(勝ち点80)、3位大分(同78)という状況で、
満員の駒場に乗り込んで浦和と対戦。後半早々にアジエルに先制を
許すが、すぐにルシアノが同点ゴールを決める。さらに室井の一発退場で
PKをゲット。しかし、ルシアノがバーに当てて勝ち越し機を逃す。
その後も1人少ない浦和を攻め立てたが、延長前半に土橋にVゴールを許した。
浦和は、大宮を下した大分を勝ち点1差で退けて薄氷のJ1昇格。
もしルシアノのPKが決まっていたら、「07年ACLファイナリスト」
浦和の姿はなかったかもしれない。

  • 01年J2第43節&最終節

42節の時点で首位京都(勝ち点81)、2位仙台(同80)、
3位山形(同78)という状況で、満員の仙スタに乗り込んで仙台と対戦。
2対1で迎えた試合終了間際に得たPKを竹元が決めると、勢いのままに
延長前半に北内がVゴール。山形が水戸にVゴール勝ちしたため、
得失点差ながら仙台を3位に叩き落し、最終節「西京極の奇跡」の伏線を作った。
また、43節の時点で勝ち点77と昇格の可能性を残していた大分とも
最終節に鳥栖スタで対戦。森田の先制点で優位に立つと、引き分けで逃げ切り、
大分サポに3年連続で無念の涙を飲ませた。

なお、これらの経緯はウィキペディアにも独立した項目で載っている。
興味を持った人は「200×年J2最終節」でググってほしい。

当時と比べて、鳥栖のチーム力が向上していることは言うまでもない。
また、現在の札幌は00年浦和、01年仙台ほど抜き出た存在ではない。
さらに、試合会場は「マイ・シャローナ」が鳴り響く鳥栖スタジアム。

機内昇格に思いをめぐらせる前に、鳥栖戦勝利に全力で集中すべし
という主張に全く同感である。


  • ナビスコ杯

川崎無念。浦和、FC東京に続くJ2経験チームのナビ杯制覇が見たかった。

  • JFL

熊本、八代で刈谷に1対0で競り勝つ。
この結果、次節の11日は熊本勝利&5位アローズ引き分け以下で、
熊本の昇格圏4位以内が確定する。
熊本の相手は05年九州リーグ&地域決勝と、何かと因縁深い琉球。
アローズはアウエーで鳥取戦に臨む。必死で4位をキープ中の岐阜の
ためにも、鳥取には頑張ってほしい。

ちなみに熊本・琉球・鳥取・岐阜のJFL4チームに所属する
札幌ゆかりの選手は計14人に及び、以下のようなチーム編成も可能。

===相川==小島===
三原=========徐
===鎌田==中尾===
栗田=森川==河端=市村
====ヒロ小林====

控えGK いのっち 
控えGK兼GKコーチ かと竜
監督兼スーパーサブ 森山

posted by はかたん1号 |21:21 | サッカー | トラックバック(0)

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