2007年06月30日
さらば天馬
札幌の試合もなく、BIGにワクワクすることもない週末なので、 クリス・ベノワの思い出なんぞをつづってみる。
ベノワ・・・というよりも、日本のジュニア・ヘビー界のトップの1人 だった「ワイルド・ペガサス」について、思い出深い試合が2つある。 1つは95年7月の第2回新日本ベスト・オブ・ザ・スーパー・ジュニア。 今はなき札幌中島体育センターでのリーグ戦同点4者の決勝トーナメント。 ここでペガサスは、これも今はなきブラック・タイガー(エディ・ゲレロ)を コーナー最上段からのツームストーン・パイルドライバーという超弩級の フィニッシュでしとめる。2階席から見ていたワタシは、あまりの光景に 腰を抜かし、「そりゃあ、オマエ、南極条約違反だろ」と意味不明の言葉を 口走ったという<ちなみに決勝の大谷晋二郎戦も同じフィニッシュ もう1つは、これも95年の試合。12月に両国国技館で開かれた 第2回スーパーJカップ。当時は第1回大会より地味と評されていたが、 この大会でワイルド・ペガサスvsライオンハートが実現。後にWWEを 沸かせる「凶獣」クリス・ベノワと「Y2J」クリス・ジェリコの初対決 である<ジェリコにとって、同じファースト・ネームを持つこの先輩との 一騎打ちはデビュー以来の夢だったとか この試合、この大会を両国で生観戦した体験は、プロレス・ファンとしての ワタシの財産になっている<レイ・ミステリオも出場したしな ・・・ はぁ・・・なんで死んじまったんだ・・・ペガサス・・・ 今回の訃報になぜ自分はこんなにショックを受けているのか? 日本のプロレスとゆかりが深いレスラーだったから。そして、 かつてダイナマイト・キッドに憧れていた貴公子風の少年と、 家族を巻き込む悲惨な形で人生の幕を閉じた文字通りの「凶獣」の 姿が全く重ならないからだ。 今はただ・・・R.I.P.
あと、もう1つ悲しかったことがある。 おい、ニッカン。確かに知名度も実績もベノワには及ばないさ。 でもなあ、ベノワの訃報のついでの形で、ビーフ・ウェリントンの 死を報じるこたぁないだろう。 デルフィンのイベントで出会ったみちプロフリークのワタシら夫婦に とって、「ウィリーさん」だってペガサスに負けず劣らず思い出深い レスラーなんだ。ヨネ原人とのハチャメチャな抗争は、アレはアレで みちのく名物だったんだぞ。こっちにもR.I.P.だ、チクショーめ。
posted by はかたん1号 |04:00 | プロレス・格闘技 | トラックバック(0)
