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2006年10月28日

赤黒犬



覚悟していたとはいえ、J1昇格の可能性が絶たれた神戸戦。そして直後に道内は北海道日本ハムファイターズの日本1フィーバー。道産子として心情的に日ハムを応援していますので、それはそれでうれしいのですが、やはり肝心なのはコンサですから寂しさは否定できません。「OB戦は楽しかったなあ」と自分を慰めているところに、携帯の写メールで飛び込んできたのがわが家の愛犬2匹の写真です。なんと赤黒ユニを着ているではありませんか。犬が着ている服はカミさんの新作でした。以前のエントリー「赤黒シートカバー」で紹介したように、これも2001年に北海道新聞社がドームで配布した旗をまねしたデザインです。ブルーな気持ちでいたのがすっかり癒やされ、赤黒魂がよみがえってきました。

ちなみに犬は2匹とも飼い主に似て胴長短足のコーギー(ウェルシュ・コーギー・ペンブロークと言うそうです)。大きい方が隼斗(はやと。オス、7歳)、しっぽのある小さい方は夏鈴(かりん。メス、5カ月)。隼斗は、わが家の今年の年賀状に、戌年なのでコンサのタオルマフラーをして登場しました。ただし、犬の世話は私はまったくしておらず、カミさんと娘たちが責任を持って飼うことになっています(2匹目は予定外でしたが)。

これからの寒い時期、この2匹を清田区真栄で見かけたら、わが家の犬ですので、声をかけてやってください。


posted by papa12 |19:16 | 思い出 | コメント(8) |

2006年10月22日

10周年感謝デイ



10月21日というと、私より前の世代には「国際反戦デー」と思い浮かぶ人も多いかもしれません(笑)。2006年10月21日、J2第46節神戸戦はコンサドーレ札幌の「10周年感謝デイ」と銘打って札幌ドームで行われ、今季最多の1万8547人が詰めかけました。それもそのはず、前座試合として元コンサ選手らによるOB戦があったからです。ペレイラ、平川、名塚、野々村、古川、田渕、深川、関、森、川合、黄川田、森下、田畑、佐藤尽…ら、書ききれないほどの思い出の元選手たちが集合。20分ハーフの夢のような至福の一時が繰り広げられました。

さらにはコンサドールズのOGも加わって歴代の踊りを披露したり、コンサOBの現役Jリーガー6人のビデオレターなど、見どころ満載でした。ただ、歴代ユニホームのピンズセットはウワサでは限定200か、300セットだったとかで、すごい行列ができていて、まったく買えませんでした…。売れ残りが心配なら予約制にするとか、なんとかならなかったものでしょうか。今からでも増産を希望します。

さて、写真はマッチデイプログラムに掲載されたいわゆる名刺広告です。乏しい小遣いのなかから大枚1万円を投じたものです。今季のHFCは入場者数の伸び悩みなどで赤字転落必至の情勢らしいです。個人にとってはそれなりに重みのある額ですが、HFCにとってはささやかな小銭にすぎないでしょうが、地球の裏側からやって来たペレイラの旅費の一部の足しにでも使ってもらえれば本望です。それと、また募集するときは、せめて広告にブログのURLぐらいは入れられるようにお願いします。

そして、肝心な神戸戦は…。もう、忘れました。年を取ると、物忘れが激しいもんですから。これからも前を向いて、応援していきたいと思います。来季こそ!


posted by papa12 |14:05 | 思い出 | コメント(9) |

2006年10月14日

テレビ番組

コンサドーレが誕生し、Jリーグに昇格したころまでは、唯一のプロスポーツチームとして、道内各放送局が競って応援番組を制作していました。しかし、その後、2度のJ2降格や日本ハムファイターズの移転があり、テレビ番組が消えていきました。

現在、コンサ専門の番組としては金曜夜のTVh「コンサにアシスト!」(CM含め6分間)と土曜深夜のSTV「勝利に乾杯!コンサドーレ」(5分間)ぐらいでしょう。乾杯コンサが主にその日の試合結果を中心なのに対し、コンアシは前節の結果に直前の練習情報、先発予想まで盛り込んでいます。
このほか、ファイターズと隔週で交互に選手を紹介する月曜夕方のuhb「ファイコンEXP」(6分間)。あとはファイターズを中心にした道内スポーツ番組でコンサのコーナーがある月曜深夜のuhb「Fの炎」(30分間)とSTV「Dスポーツ」(25分間)、土曜夕方のHBC「Eスポーツ」(30分間)があります。この中ではFの炎は必ず「週刊コンサドーレ」というかつての専門番組の名前を引き継いだコーナーがあり、元コンサ戦士の平川弘さんが辛口解説があり、今年はチームの10周年記念としてたまにかつての映像やインタビューなどが披露されています。ほかのEスポーツとDスポーツはファイターズの活躍によってはコーナーが吹っ飛んでしますこともあるようです。また、各局の夕方のニュース番組のスポーツコーナー(例えばHTB「イチスポ!」)などでコンサが紹介されることがありますが、最近はファイターズに押されていますね。

こうした番組は地上波での中継がめっきり減った今となってはコンサの映像を見ることができる貴重な番組なわけですが、私自身もよく見忘れたり、留守録をセットし忘れたりしていました。それが昨年春以降、単身赴任生活が始まってから、完璧に留守録して見逃さないようになりました。寂しい単身赴任も役立つことがあるものですね。数ある番組のなかから、一押しを選ぶとしたら、やはりコンアシでしょうか(決してTVhの回し者ではありません)。特に昨日は天皇杯を含む3試合のゴールラッシュをはじめ、上里のインタビュー、練習の様子、先発予想に加え、21日の10周年サンクスマッチに出場する予定の関、深川、名塚というユースコーチ陣まで登場し、てんこ盛りの内容でした。あの短い時間でよくぞやってくれたと、感激しました。
これからもコンサの活躍とともに、応援番組がますます充実していくことを期待しています。

posted by papa12 |10:23 | 思い出 | コメント(8) |

2006年10月09日

播戸竜二



今が旬のバンちゃんです。10月4日のガーナ戦で日本代表デビュー、それも流血しながら頭にテーピングして出続けたガッツの男です。

コンサドーレに入団したのはJ2だった2000年シーズン。吉原宏太がレンタル移籍したガンバ大阪からトレードの格好で出場機会を求めてやってきました。この前年、U-20日本代表としてワールドユース準優勝のメンバーだったそうですが、私は活躍をよく知りませんでした。それでもエメルソンとの2トップで得点を量産。開幕戦で先制点を挙げながら骨折するというアクシデントもありながら30試合15得点と活躍し、J1昇格に貢献しました。プレー自体はうまいというよりも、気持ち、気迫を前面に出すタイプ。コテコテの関西弁で、やんちゃな兄ちゃんというキャラクターでした。エメが唯我独尊でほとんどパスを回さないなかでのこの得点はたいしたものです。J1に上がった翌01年はエメが抜けた後、ウィルと組んで27試合9得点。忘れられないのは、どの試合かは不明ですが、確か右サイドからの角度45度のFKをウィルがけり、バンちゃんはそれをヘディングで入れたように見えました。公式記録も播戸の得点となりましたが、あとでビデオを見直したら、どう見てもかすってもおらず、ウィルのFKが直接入ったようでした。それでも自分が決めたとアピールするのがFWですね。

岡田監督が去り、バンちゃんもレンタルでしたので、コンサが移籍金を払えなかったためか、01年シーズン終了とともに神戸へ移籍。04年には17得点でJ1得点ランキング3位に。J2降格の神戸を退団し、今季から古巣のガンバ大阪に戻り、10月9日現在、リーグ4位の15得点と大活躍中です。現在のコンサ戦士たちはどちらかというと、淡泊というか、プレー中にもあまり声が出ず、おとなしいタイプが多い気がします。ぜひともバンちゃんのように気迫でゴールにねじ込む点を学んでほしいと思います。とりわけFW陣は。

写真のカードは上段がJカード、下段左がカルビー、右がイレブンスターズです。


posted by papa12 |19:43 | 思い出の選手 | コメント(6) |

2006年10月07日

ゴンダンス

今回は、前回の「相手サポーター」で書き忘れたことを書きます。それはジュビロ磐田のゴン・中山雅史による「ゴンダンス」です。

最近見た雑誌「サッカーJ+」の記事によると、①磐田が勝利②中山がゴール③そのゴールに中山が納得している④サポーターから中山コールが発生したとき-以上の条件を満たしたときにゴンダンスは発動されるのだそうです。今季は出場機会も少なく、9月17日の川崎戦で初めて披露されたようです。

私が生で見たのは2001年10月20日、厚別でのことでした。中山の先制ゴールなどで、コンサは1-2で敗れました。たまたま私はアウェイ側のB自由席でまったり観戦し、がっかりして帰り支度を始めたところ、磐田サポーターのボルテージが上がります。そうです、テレビのインタビューに答えた中山が駆け寄ってきたのです。そして、磐田サポの大合唱に合わせてゴンが両腕を交互に上げ下げして踊ります。うれしそうな磐田サポ、そしてゴンも満面の笑みです。試合に負けて悔しい私も、このときばかりはサポを大切にする中山に脱帽し、さわやかな気持ちで家路につきました。

試合後の選手のパフォーマンスでは最近、柏の岡山一成が話題のようですが、中山などのサポを大切にする姿勢はわれらがコンサドーレの選手にも少し見習ってほしい気がしています。もちろん、試合で力を発揮することこそが1番のファンサービスですが。

posted by papa12 |21:45 | 思い出 | コメント(6) |

2006年10月02日

相手サポーター

コンサの応援にこんなに盛り上がるれるのも、対戦相手があってこそです。選手たちがピッチ上で戦っているように、われわれサポーターもスタンドからの応援で戦っているのです。今回はコンサのホームゲームにやってきたサポの印象を語ってみたいと思います(残念ながら、アウェイは行ったことがないので分かりません)。

私自身、すべてのチームを見ているわけではありませんが(J2は全チーム観戦していますが、J1は未見のチームがあります)、一番印象に残っているのは清水エスパルスです。初めて見たのが2001年9月15日の札幌ドーム。結構な人数が来ていたのもありますが、サポ全体が一体となって応援していました。サンバ調のリズムに乗って歌ととともに踊り跳ねる姿が記憶に残っています。なにかサポ全体が家族のようにまとまっている感じでした。堀井学のVゴールで勝ったこともあり、いい思い出になっているんでしょうけど。コンサができたときに、清水の応援を参考にしたと聞いています。特定の大企業に頼っていない市民球団的なところも親近感がわきます。サッカーどころの清水市(合併で静岡市になりました)には、応援でも学ぶ点は多いですね。

次いでやはり浦和レッズでしょう。2000年のJ2での激闘は生観戦することができなかったのですが、01年11月3日の札幌ドーム。ほぼ満員となったドームで、浦和のサポはアウェイ側のB自由席を埋めていました。応援合戦が始まると、数では圧倒的にコンサ側が多いのに、浦和の応援歌がはっきりと聞こえます。若い男声の野太い歌声が響き渡ります。本当にすごいサポだと思いました。試合の前か後か忘れましたが、ドームの外で器物損壊の浦和サポ1人が翌年のワールドカップに向けて警備の予行演習中だった道警に捕まり、怖いイメージが増幅されました。でも、今も常に4万人以上を動員するサポの熱さがチームをJ1で優勝争いするまで押し上げたことは間違いなく、敬意を表したいと思います。2000年にはJ2仲間だったのが、思えば遠くになってしまいました…

今ですと、何と言っても柏レイソルですね。4月22日の函館にも結構来てましたが、7月12日の厚別は平日のナイト試合にもかかわらず、たくさん来襲しました。おなじみのゲートフラッグも拝見しました。応援歌もいろいろ披露し、名物の「柏馬鹿一代」までやってましたね。でも、アウェイでは少し遠慮した方がいいと思いますよ。優しいコンサのサポなら許されても、浦和などではしゃれにならないですよ。あと、名物の裸族が今年は見られなかったので、またお目にかかりたいものです。

ほかのチームでは、アルビレックス新潟とベガルタ仙台も印象深いですね。両チームのサポは来場する人数も多いうえ、コンサと同じくおじさん、おばさんが多く、売店やトイレで一緒になっても互いにあいさつしたり、とってもフレンドリーでした。応援歌では特に仙台の「We're Not Gonna Take It」が忘れられません。「ベガルタ仙台 GO! 行くぞ 仙台  俺達と共に レディゴー(Hey!×6)」というノリのいい歌声が脳裏に焼き付いています。コンサもこういうノリのいい新曲を希望します。

さて、サポーターこそチームを育てる源です。9月27日の厚別での徳島戦は残念ながら仕事で参戦できませんでしたが、録画を見ると、土砂降りの雨の中、3896人(一部徳島サポ含む)が心を一つにして応援する歌声が響いておりました。その熱気に選手たちが意気に感じ、6得点につながったに違いありません。厚別史上最少の観客数だったかもしれませんが、その思いは札幌ドームを満員にしたときにも決して劣らないと思います。雨の中、歌い、跳ね続け、応援した皆さんに拍手を送ります。それにしても、行きたかったなあ…

posted by papa12 |18:45 | 思い出 | コメント(5) |