2006年11月29日
タンザニア人と友達になったの巻
旅は道連れとか情けは他人のためにあらずとか、そんな感じの話。 関東ぶらぶら漂流を終え、サポーロ行きの飛行機にチェッキンするために京浜急行に乗ったの。 黒人さんの横に座ったんです。その方、大きな荷物を前に置いていたの。 ホーマックに売っているでっかいサイズのプラケース! 俺は寝ていたんだけど、その黒人さんが俺の腕をノックするわけ。 「今の駅で乗り換えなくてダイジョーブだったんやろか?」みたいな感じ。 「OKダイジョーブさ。あそこにハネダエアポートって」と電光掲示板を指差す。 「ハネダエアポートのターミナルに入っていくのかい?」って聞くから、 「アンダーグラウンド。地下鉄みたいにもぐるんだぜベイビー」。 それでお互いに何仕事してんの?とかって話してると羽田に着いた。 黒人さんは手荷物が3つもあって大変そうだったから、俺がホーマックケース(実際にはジョイフル本田の値段シールが貼ってあった)を持とうとしたわけ。 「ヘイ、ブラザー。ヘルプしてくれるのか。ありが闘!」 そしたらなまら重いの。なんまら重い。それでもキャスターが付いていたからなんとか転がして、世間話しながらエスカレータ乗り継いでカウンターまで行ったさ。ちなみに俺も手荷物3つだった。ゲーフラ&長傘含む。 「ユーはどこの空港にいくんじゃい?」 「関西だよーん。そこからドバイに飛ぶべさ」 「マジかい。俺はサポーロに飛ぶぜ。ノーザンパートオブジャパンさ」 なんてここまではお気楽な感じだった。俺は18:30発だし、彼は20:30発だし時間はたっぷりあったのだ。空き時間は空港でショッピングを楽しもうとしていた。俺は自動チェッキン機で素早く窓際を取る。 手荷物預けの海外乗り継ぎ窓口まで来て、厳しい現実はいきなりやってくる。 荷物3つ全部足すと重量オーバーだと言うのだ。JALの職員によると28キロまではサービスなのだが、彼の荷物は全部で70キロを超えるので別料金が掛かるというわけだ。まぁ普通はそうだろうな。 「チャージ掛かるってさ。値段を出してもらうから覚悟しな」 そしたらぬわーーーーんと20ウン万だったから焦ったわけだ。 「ベリー エクスペンシヴ!シンジラレナーイ!」 「ヒルマンかっ!ってかこんな重いものを空輸しようとするお前が信じられないよ」 「じゃあしょーがないから少し減らすよ」 「俺がセパレート用の袋を探してくるから、ここで待っとけ」 ANA方面の売店まで行って、キャスター付き麻袋を買ってきた。1,260円掛かったけど国際親善のつもりでプレゼントすることにした。代わりにクラスJに乗るのは止めた。いいんだ、俺は国際親善家なんだ。見せ掛けでもいいんだ。俺は大学時代「人種差別は絶対しちゃならない」と学んだ。むしろ困った人は助けねばならない。 カウンターに戻るとJALのお姉さん二人を交えて、彼と協議した。 「オーバー分は千葉に会社があるから、そこに送りたいんだけど」 「じゃあ下の運送会社に頼もうか」 彼は重たい電子機器の包みをいくつか取り出し、俺が買ってきた麻袋に入れた。電子機器の部品は彼の仕事用のようだった。 「ボディーソープはワイフへの土産なんだ」と言って全部搭乗預け荷物の方に入れていく。ビオレU詰め替え、ポンプ式プラスティックボトル・・・・ (ああ、アフリカでは貴重品なんだろうなぁ・・・・) 「30キロ超えてるけどオマケしてよ~」なんていいながら、ボディソープを全部タンザニア行き荷物に入れてやんの。愛妻家なのか恐妻家なのかわからんが、とにかく家族思いのいいヤツだ。 「これ以上はちょっとぉぉー」とJALのお姉さんはかなり引いていた(^-^ゞ JALのお姉さんには「お連れ様」と勘違いされていたようなので(そりゃそうだ)、「京急でさっき知り合ったばかりなんすよぉー」と言ったら驚かれた。 「運送会社で着払いで送って欲しいみたいだから僕が案内しますね」 というわけで、なんとかペリカン便までたどり着いた。 「着払い伝票を書いてあげるから、会社のアドレス教えてちょ」 もらった別の伝票控えを見てビクーーーリ! (キタキタキタ・・・・・・ここでやっとコンサネタでっせ!) 「柏市かよ!!」 調べてみたら柏駅を挟んでサッカー場と逆の方向にその住所はあった。 「関空からドバイまで何時間かかるの?」 「20時間。映画見て寝て食べてまた寝るみたいな感じ」 「来日は2度目なんだけど、日本人は親切で好きだぜ」 同じくヘルプした学生達の名前やEメールがいくつか紙に並んでいた。 「これは大学のアドレス、これはケータイのアドレスなんだよ」 「カシワが2点、サッポロが3点。俺達がWIN!」 「ガハハハハ」 「ユーは選手なの」 「選手って体型してないじゃん。サポーターだよ、バモってんだよ」 「ああローソンチケット知ってるよ。2,000円もするのかい」 ケータイを取り出してアフリカの代表選手を見せてくれた。やっぱりフットボールは世界共通の言語だ。俺は英会話はまるでダメで単語の羅列だったけど、なんとか彼のお役には立てた。アフリカ人の知り合いも初めて出来た。 年齢は彼が5つ下。だけど彼の子供は二人とも小学生だ。 これも何かの縁だよなぁ。 サッポロとカシワとタンザニアを結ぶ不思議な縁。 しばらくロビーで談笑したりEメールアドレス交換したり。 なかなかしっかりした輸出入業者みたいだった。今は乗用車を主に扱っている。結構稼いでいるらしいが、ネット代はまだまだ高いと言っていた。 ケータイには愛娘二人の写真が。どこの国も一緒だな。 ビザにはキリンのイラスト、キリマンジャロの画像も!さすがタンザニアだ。 「俺コーヒー好きなんだ。キリマン有名だよね」 「こんどタンザニアまで飲みに来いよ、わっはっは」 http://www.tanzaniaembassy.or.jp/(タンザニア大使館) http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/tanzania/index.html(外務省)
posted by おど |18:18 | アウェー旅 | コメント(4) | トラックバック(0)