コンサドーレ札幌サポーターズブログ

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2012年01月19日

Birthday in YOKOHAMA HAKKEIJIMA SEA PARADISE

Yokohama Hakkeijima Sea Paradise オタリアという動物をご存じでしょうか。アシカの仲間で、オスにはライオンのようなたてがみがあります。

 何となく知っている?では、習字をするオタリアがいるのはご存じですか?今日、私たちはそのオタリアに会って来ました。

 右の写真がその、八景島シーパラダイスレオ君です!

 調教師のお姉さんのリードで、くわえた筆を器用に動かすレオ君。出来上がった作品(次の写真)は、今年の干支「辰」。途中、ちょっと筆が滑って余分な点が入ってしまいましたが、立派なものです。

 この後、レオ君と触れ合うこともできたのですが、可愛くて、賢くて、スベスベで、最高でした。ありがとう、レオ君。


Yokohama Hakkeijima Sea ParadiseMs. N and I went to YOKOHAMA HAKKEIJIMA SEA PARADISE for my birthday date; yes, today is my birthday, I finally got 41 years old. I hardly believe it! 

Bayside amusement park on a weekday of January had not so many visitors so we are able to enjoy it good enough; without any line and crowd.

This day’s special for us was this, an otaria, a kind of sea lion which does calligraphy. And actually, it was amazing! He, Leo, wrote this Chinese character meaning dragon; because this year is of Dragon, very in front of us even though leaded by his trainer. It was really exciting. Actually we got the letter for our house by luck.

After his work, we were able to touch him; he was pretty, clever, and his fur was so smooth. Of course, we enjoyed to see other many kinds of marine lives. We also touched beluga, friendly soft skin white whale, and sunfish was nice to see. Whale sharks welcomed us was interesting too.


Yokohama Hakkeijima Sea Paradise 他にもベルーガを見たり(ベルーガにも触りましたが、スベスベのプニプニで可愛かったです。鳴き声も本当に美しくて可愛い。まさに海のカナリア)、


Yokohama Hakkeijima Sea Paradise マンボウを見たり、もちろん他にも沢山海の動物を見て、大満足の一日でした。ジンベイザメのショーも必見です。

 今の季節は寒いので、比較的空いていて狙い目かも。

 今日は平日だったので更に空いていて、思う存分楽しめました。


Yokohama Hakkeijima Sea Paradise ちなみに上のレオ君の作品、実は我が家にいただいて来ました!

 右がその証拠写真。

 そしてクマちゃんが巻いているのは、N嬢手編みのマフラー。実は私、今日が誕生日で、マフラーは今年のプレゼントにもらいました。赤黒に感激。

 これで何と41歳。ちょっと信じられませんけれど。

A woolen scarf that Ms. N had knitted by her hand for me made today perfect. I really like the red and black Consadole coller. Thanks my love!


posted by MasaMaru (横浜在住) |23:34 | A piece of my life | コメント(2) |

2012年01月15日

世田谷ボロ市/Setagaya Boro-Ichi

Setagaya Boro-Ichi


 今日は有名な世田谷ボロ市に行って来ました。


Setagaya Boro-Ichi 歴史は古く安土桃山時代まで遡ります。もともとは農閑期の農民が、わらじに編み込むぼろ布を買い求めた市が発展したものだそうです(詳しくはこちらからどうぞ)。

 年に4回、12月と1月の15日と16日に開かれるのですが、今年は最後のこの日が日曜日だったこともあって、とにかく凄い人出でした。


Setagaya Boro-IchiToday, Ms. N and I went to see famous market Setagaya Boro-Ichi. “Boro” means rubbish or tatter and “ichi” is market. This market has almost 430 year history; originally it was popular among farmers there who produce “warazi”, straw sandals, for their winter season work. They bought tatters to make their products strong and well by weaving those pieces of used cloths with straw. Following the origin, still the market is held only four times a year; the 15th and 16th day of December and next January. This season, the final day was also Sunday so today it attracted a lot of people more than usual; actually just walking and looking around was difficult…

Now, it is half flea market and half antique market. Of course, we can get used cloths but old valuable potteries are most popular. They also sell a variety of old things such as craftsman’s tools, antique toys, ornaments, artworks and there are many booths for foods and drink too, so it is totally good to enjoy a part of Japanese traditional. Only to see, there were many interesting things there!


Setagaya Boro-Ichi わらじは上の写真を撮ったブースでしか見かけませんでしたが、古着や着物の端切れといった“布物”は沢山扱っていました。


Setagaya Boro-Ichi ボロ市と言っても、蚤の市というよりは骨董市といった雰囲気です。古道具、陶器、アンティークの玩具、小物、インテリアまで、売られているものは多種多様ですが、フリーマーケットの価格帯を想定していると、高く感じるかも。

 もちろん、安く手に入るものも沢山あります。野菜や食品を売っているブースもありましたし、甘酒や定番の粉物などの屋台も多いのですが、何を買うにしても人の流れに逆らって立ち止まるのが大変で、ちょっと落ち着いて飲み食いできる雰囲気ではなかったです。


Setagaya Boro-Ichi ちなみに商品を見るのにも、流れに逆らい、壁に割って入るだけの押しの強さが必要です。

 そうして見ていても後ろからグイグイ押して来ますから、体力も要ります。ただ、何を見てもいちいちおかしな物が混ざっていたりして、楽しいは楽しい。


Setagaya Boro-Ichi メインの通りの脇にも店は展開されていて、むしろこちらが、ゆっくり見られて良かったような。

 雰囲気もありましたよ。気に入ったものを幾つか紹介(ちなみに上の草鞋の写真もこの通りで撮ったものです)。


Setagaya Boro-Ichi いかにも「舶来品」といった感じ。

 どういう組み合わせなのかは判りませんが、理屈抜きで格好良い。

 後方の飛行帽とモノクロの写真がまたオシャレ。


Setagaya Boro-Ichi 大きな錠前などと一緒に売られていた鉄製の蟹。

 ただの置物だとは思いますが、不思議な存在感。


Setagaya Boro-Ichi ウサギ五徳。

 アイデア商品と言いますか、可愛い。


Setagaya Boro-Ichi メインの通りに戻って、代官屋敷。史跡です(近くには郷土資料館もあります)。

 この代官屋敷から来ているのでしょうか、近くの神社境内で売られている「代官餅」(つきたてのお餅)がボロ市の名物なわけですが、物凄く並ぶと聞いていたので最初から買う気はなく、スルー。

 この後もひたすら歩き、ついでに世田谷線沿線散歩もして、帰路につきました。ボロ市は…楽しかったですが、正直、疲れました。


Setagaya Boro-Ichi お餅の変わりというわけではありませんが、「ボロ市饅頭」は早い段階で買っていました。ビジュアル的にもこっちが断然好みでしたし。

 味も良かったですよ。皮からおいしくて。


Setagaya Boro-Ichi こちらが今日の収穫。

 売っているおっちゃんが「吠え鶴」と呼んでいた柄の角皿は結構、良い値段。

 小さいフクロウの置物は私が購入。


posted by MasaMaru (横浜在住) |21:25 | Entertainment | コメント(0) |

2012年01月03日

「頑張れ、福島!」福島年越し旅行記/What we found from a short trip to Fukushima

Fukushima


A happy New Year! 新年明けましておめでとうございます!


Fukushima この年末年始、ボクは福島県の飯坂温泉というところへ、旅行に行きました。3月に大きな地震があって、東北の方たちは今でも大変な思いをしています。まさまるさんとN嬢さんも何か出来ることはないかと考えて、二人ともまとめてお休みを取れるこの時期に福島へ旅行に行くことに決めていたのだそうです。ボクは付き添い。

 上の写真でボクがいるのは奥十綱橋(おくとつなばし)。ボクの後ろに流れているのは摺上川(すりあげがわ)。右に写っている建物が泊ったホテル「山房 月の瀬」です。右の写真だともう少しわかりやすいかな?とっても良いところでしたよ!おいしいものを食べて、温泉に入って、色々なところを見て歩いて大満足のお正月でした。


…と、ドーレくん口調で書き出してみましたが、皆様、良いお正月をお過ごしでしょうか。本年もよろしくお願いします。


Fukushima さて、ここからはちょっと真面目な話。

 福島への旅行を決めたのは、上にも書いたとおり、今行かずしていつ行くんだという思いからです(写真は行きに乗った新幹線「Maxやまびこ」のペイント)。

 ただ、我々が宿泊したのは、実際は飯坂温泉の少し先、穴原温泉というところですが、駅からホテルまでの道中、送迎の車の窓から見た感じでは、おそらく経営難から閉めてしまった(潰れてしまった)と思われるホテルや旅館も少なくなく、いたるところに“頑張ろう!福島”的な幟はあるものの建物が崩れていたり道が不通だったりはせず、“案外普通にやれてるじゃん”という印象でした。


Fukushima 宿泊したホテル「月の瀬」について少し書きますと、結構大きなホテルで、食事が大変おいしく、量が多かったです(写真右は元日の夕食。下は2日の朝食)。

 温泉は、浴場そのものは建物に比べるとそんなに大きくないかもしれず、お風呂の種類を望む方には少々物足りない可能性もありますが、お湯の質がそれほどキツくなく(源泉の温度が高過ぎるので加水はしているそうです)ゆっくりと入れるのが良いです(露天はちょっと狭いですが、この季節、清冽な空気の中、摺上川を見ながら入る露天は気持ち良かったです)。効能は見るのを忘れていましたが、帰宅して一日経ってもまだ、額から足の裏までスベスベです(笑)。


Fukushima 特に魚を使った料理は、寒鱈(ちり鍋)、甘鯛(湯葉蒸)、むつ(煮付)、鰤(照焼)…と出て来るもの出て来るもの全部絶品で、2日目の夜、宿泊中ずっとお世話になった仲居さんにそれを伝えたところ、震災以降、肉を出しても喜ばれないことが増え、魚料理を頑張っているとの答え。はっとしました。

 恥ずかしい話、その時初めて福島牛というブランドに思い当たりました。そう言えば、お米の産地も山形や新潟であると、わざわざ表示してあるわけです。自分が何故福島に来たのか、すっかり忘れていたわけです。


 そこで、震災のあった時、ここはどうだったのか聞いてみたところ、実際、大変な思いをされていました。各部屋の照明は落下し、テレビや花瓶は半分以上が倒れて壊れ、ガスも水道も電気も止まり、自分達の足下も定まらぬ中、今いる宿泊客を外へ誘導するのがやっと、その後は厨房も使えず何を供することも出来ない状態で、上の写真にもある摺上側まで、トイレ用の水を汲みに下りたそうです(ほとんど目立たないですが、テーブルに残る傷がその時のものだと教えていただきました)。お客さんには、自分の車や迎えを呼んでもらい、それぞれ帰ってもらうしかなかったとのこと。

 正直「福島はもう終わった」と思われたそうです。

 そのうえ原発の事故と放射能漏れが続きました。


Fukushima ホテルの周辺を散策した際、あちこちに柿の実がたくさん生っている木があって、綺麗だと喜んで写真を撮っていたりしたのですが、実は柿(あんぽ柿=干し柿)もこちらの名産で、ただ、一定量以上の放射性物質が検出されたため、今年は加工も出荷も出来ないのだとのこと。

 それで枝に残っているのかどうかまでは聞きませんでしたが、そうなのだとしたら自分はとんでもない阿呆だと思わずにはいられませんでした(ちなみにリンゴと桃は問題なく出荷できているそうです)。

 また、摺上川ではアユが沢山獲れるのだそうですが、それも今年は出せなかったとのこと。もともとホテルの売りなのでしょう、エレベーターには「鮎の塩焼き、お部屋にも宴会場にもお出しします」と写真入りで貼ってあるんですね。でも、それは今、他所の鮎なわけです。


Fukushima 更にはこちらの名物に「ラジウム玉子」というものがあります。

 要は温泉卵なのですが、1898年、キュリー夫妻によりラジウムが発見されてのち、日本で初めてラジウムが確認されたのが、ここ飯坂温泉なので、この呼び名があるわけです(写真は朝食にでたラジウム玉子)。


Fukushima これも飯坂の温泉街まで散策に出た時のこと、たまたま開いていたラジウム玉子の看板を出しているお店に入ったところ、幸運なことに、今、温泉から引き揚げて来たものがあるとのことで、包装する前のものを見せてもらって、その場で買って食べたのですが…。

 まあ、ホカホカのトロトロでおいしかったです。1個50円は信じられません(「ラジウム玉子 あおき」。覚えておいて下さい)。作業場で写真を撮りまくる私を迷惑がりもせず、二人にひとつずつ、割れている玉子をサービスでくれたお婆ちゃん、ありがとう。ちなみにラジウム玉子は、割れていなければ常温で7日、冷蔵で10日くらいは日持ちするそうです。お土産に最適)。


Fukushima で、そのラジウム玉子が、“ラジウム”の響きや印象が嫌われて、表記に苦労する場合があるとか。

 まあ、客商売というのはそういうものかもしれません。でも、牛にしろ、米にしろ、鮎にしろ、玉子にしろ、これまで“自分達のもの”として誇りをもって供して来た物が、出しても嫌われたり、出せなかったりするわけです。自分達で味を落としたり、質を落としたりした訳ではないのにですよ?どういうことですか。

(一方で全く反対に、報道で安全とされていたことで現実はちっとも安全ではなかったことも幾つもあるという話も聞きましたが…。)


 滞在中、新聞の地元記事やテレビのローカルCMでも、“頑張ろう、福島”のスローガンは繰り返し目にしていました。ただ、その話を聞いてからは、互いを鼓舞し合うその言葉にも、いたわり合う優しさだけではない憤りや悔しさも感じずにはいられず、また、“良くぞここまで持ち直してくれた”と思わずにはいられませんでした。

 だからと言って結局我々は直接何をしたわけでもないのですが、そういう話を聞いて、(知識や情報としてではなく)そういうことを感じられたのは良かったと、私たちがここでお金を使うことが幾らかでも助けになるなら、(どう考えてもそれ以上にこっちが満足しているのですが)本当に来て良かったと思った次第です。

 もちろん、大変なのは福島だけではないでしょう。宮城だって岩手だって茨城だって、大変なはずです。でも、自分達が実際に行って来たところとして、福島はお勧めできます。次の旅行の候補には是非加えて下さい。

 というわけで、ここからは簡単に観光案内を少々。


Fukushimaお湯かけ薬師如来像(鯖湖湯/さばこゆ)。

 痛むところや悪いところにお湯(もちろん温泉)をかけて撫でると、効果あり。

 元日と、2日の帰る前にもお湯をかけ、目を撫で、手を合わせて来ました。N嬢は首から肩、背中と念入りに。

 初詣になるのかな(氏神様には厄除けを兼ねて本日詣でて来ましたが…)。


Fukushima旧堀切邸。

 古くは川の氾濫を防ぎ、江戸時代には大庄屋として農民を飢饉から救い、近代では堀切善兵衛(衆院議員議長、駐イタリア大使)、堀切善次郎(東京市長、内務大臣)ら優秀な政治家を輩出した名家の屋敷跡。


Fukushima 入場無料、撮影自由、足湯あり。とっても趣のある施設で、現存するものでは最も古いものに入る土蔵など、そちら方面に興味のある人には更に楽しめる場所。

 写真の部屋は、個人的に圧倒された場所。ただ、書の展示は、随時変わるのかもしれません(何となくですが、そういう雰囲気があり)。


Fukushima飯坂温泉駅の芭蕉像。

 松尾芭蕉が飯坂に立ち寄って温泉に入ったことは、「奥の細道」にも書かれています。また、弟子の河合曾良(そら)も日記にそのことを記しています。

 しかし、温泉街の中にある「芭蕉の道公園」(足湯あり)の説明で読んだのですが、実は芭蕉は飯坂のことをあまり良く書いてはいないのですね(笑)。泊ったところが貧しい家だったようで、雨漏りがしただの蚊やノミに食われて気絶しただの(笑)。

 でも、それを隠さず“芭蕉が来た”という点を強く押す、飯坂の姿勢に感服します。


Fukushima 出発前、予算ぎりぎりまで貢献すべく、酒屋で福島のお酒を購入。職場へのお土産にお菓子も沢山購入しました。右と左は日本酒、真ん中の一本は麦焼酎。飯坂温泉散策マップとラジウム玉子を一緒に撮影(榮川は、滞在中に吟醸を飲んでおいしかったので、純米を買って来ました)。

 是非またいつか、行きたいと思っています。良いお正月をありがとうございました。頑張れ、福島!


Ms. N and I went to Iizaka-onsen in Fukusima where the huge earthquake hit in March and still now suffering from its nuclear power plant’s accident to stay and have this New Year. We got there the last day of last year and stayed until January 2nd. While we were there, we totally enjoyed those great dinners and break fasts that used wonderful local foods and its hot spring with the beautiful snow-dressed viewing. It was perfect.

However, we also found how they had had hard experience from the disaster and how they still have had many difficulties to handle the problem for their business, serving gests good enough.

When we prized their fish cooking, our waitress said that they had tried to serve good fish dish more than beef because now beef dish has not been so welcomed. They have their local beef as known as Fukushima beef as one of their specialties but now it is not so welcomed. Some guests think it can be contaminated with the radiation leaked from the power plant.

It was a trigger for me to ask her how it was there at the moment of the earthquake and she told her experience; how terribly it shook, how many things fell and broke and how they managed to secure the guests. Even after that, they had to go down to Suriage river running through back of their hotel for the water because every water, electricity and gas had been downed (the river is in the second picture of this page with the hotel on the right facing you). She said she almost thought that Fukushima had ended.

And about the influence of the radiation, Fukushima beef was not only one. They still have many well-known local products such as rice, kaki and ayu (a fresh water fish) but all of them have been prohibited to serve or thought suspicious so they cannot help stopping to serve them. We had seen many Kaki trees having too much fruits on their branches.

But what disappointed us the most was Radium Egg. Iizaka is the first place where radium was found in Japan after the discovery by Mr. and Mrs. Curie in 1898 so they named their boiled egg with the hot spring there “Radium Egg”. Of course, we tried it; fortunately it had been really fresh-boiled up so tasted great. However, now the name can suggest the accident to tourists so that they often have to be careful or sensitive to explain that. How hard and depressing it is for them…

Knowing those stories and finding out the situation was obviously good for us; it was a part of what we wanted. And we came to wish more strongly than before that we could help them and their economy with our stay and shopping after this short trip.

I know Fukushima is not only place in trouble of the earthquake or tsunami, still, please remember Fukushima when you plan your next trip. Especially I can recommend Iizaka where is famous for its hot spring and also well-known as world famous Edo period’s haiku poet Matsuo Basho stopped by and had the hot spring. It must be good.


posted by MasaMaru (横浜在住) |18:52 | Traveling | コメント(3) |