コンサドーレ札幌サポーターズブログ

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2014年01月05日

Have a New Year in Chuzenji Lake

Have a New Year in Chuzenji Lake


 新年明けましておめでとうございます。

 昨年12月、もともと調子の悪かった我が家のラップトップが、とうとう完全に沈黙したため、久し振りの投稿になります。買い替え自体は昨年のうちに済ませましたが、使えるようになるまでに一苦労(Windows 8、使いづらいです。本当、勘弁していただきたい)、ブログの更新まではなかなか至りませんでしたが、やっと再開しましたので、今年もよろしくお願いします(ちなみに年内のPart 3とPart 4の再一本化を考えています。定期的にcheckしていただいている方は、併せてよろしくお願いします)。

Have a New Year in Chuzenji Lake 恒例の年末年始旅行、今年は栃木県の中禅寺温泉に行ってきました。浅草から東武特急「スペーシア」で東武日光まで2時間弱、そこからバスで40分。東武日光では土産屋のチェックと昼食。写真は「三天甘太郎」の「ゆば重」1300円。衝撃のおいしさでした。滞在中、これを超える湯葉には会いませんでしたので、近々同方面に行かれる予定のある方はご記憶下さい。なお、酒屋では日野屋酒店が、地元のお酒を求めるには品揃えも多く、接客(特に商品個々の説明)も丁寧でしたのでお勧めです。


Have a New Year in Chuzenji Lake


 いろは坂の急勾配と急カーブをぐりぐり揺られるうちに何時しか外は雪景色に。到着した「日光レークサイドホテル」は、正に中禅寺湖の畔に立つ素敵なホテルでした。華厳の滝までは歩いてすぐ。冬の滝の荘厳な美しさは格別、心打たれるものがありました。見に来て良かった。


 滝の後は(寒さに耐え切れなくなるまで)日没前の中禅寺湖周辺を散策(一番上の写真)。こちらも得も言われぬ美しさでした。

 ホテルでは温泉とおいしい食事を満喫。浴場はさほど大きくはないものの、白濁したお湯は柔らかく肌を包み込むようで、上がった後も体はポカポカ(行きは浴場までの通路が凄まじく寒いのですが、帰りは火照りを冷ますのに丁度良いほど)、お肌スベスベ効果は絶大です。食事は、夜はフレンチで、これがまた素晴らしかったです(特にメインで出て来る霧降高原牛が柔らかい触感と言いとろける脂と言い濃密な味わいと言い、絶品)。朝は和洋のブュッフェですが、元日と二日でお節料理を堪能。つき立てのお餅の振る舞いもあり、毎食、お腹一杯でした。良いホテルでしたよ(お世話になりました)。


Have a New Year in Chuzenji Lake 二日目は、観光と言うよりはお腹を減らすため、中禅寺湖沿いに近くの荒二山神社中宮祠まで初詣に。

 日中の中禅寺湖は昨日見たものとはまた違う美しさでしたが、とにかく寒い!少し風が吹けば軽く吹雪になるし、なるほど、風が強くて常に波が高いため湖面が凍ることがないというのも納得です。


Have a New Year in Chuzenji Lake


 神社では御本尊よりも、お稲荷様が興味深かったです。お稲荷様の塗り絵を願い事によって異なる色で塗って奉納するのですが、足が痛いN嬢は時間をかけて塗っていました。荒二山神社と言えば日光の方が有名なようですが、結局、その辺りは東照宮を含めてすっ飛ばし、三日目は東武日光の手前で降りて(東照宮への参道を逆行する形で)お茶や買い物を楽しんで帰路に着きました。充実の年末年始でしたよ。中禅寺温泉、お勧めです。

Happy New Year!

Last New Year’s Eve, Ms. N and I went to Chuzenji Lake area in Tochigi prefecture to have a New Year there. We had a great time with the scenic beauties of snow covered Kegon Fall and Chuzenji Lake, and nice meal of the hotel. Nikko Lakeside Hotel that we had stayed was really on the lake so we could see beautiful lake view from our room whenever we wanted. And they always served super delicious and tasty meals with some local ingredients; especially, Kirifuri Kogen Beef''' on their French dinners was almost surprisingly tender and juicy. We also enjoyed hot spring; its public bath was not so large but enough to feel how the milky hot water was comfortable and kind to our skin. The difference of the temperature between the bath water and the cold winter air could be an entertainment too!

Besides the coldness, strong gale was impressive. We heard that the strong wind keeps the waves high and never freeze the surface of the lake in spite of the low temperature. The first day, we saw a sunset to the lake and it was freezing. Next day, when we went to Arafutayama Shrine Chugushi where locates at the foot of Arafutayama (in another name, Mount Nantai) for New Year’s shrine visit, it was more;  enough to we got convinced, still, everything shining and beautiful.

We were able to try some local beers and sakes to find good one. About the local gourmet, Yuba (bean curd skin) should not be missed. Especially, not dried fresh one is delicious. We tried that on the rice for our lunch in Tobu Nikko, a large station on our way to Chuzenji Lake, and it was the best yuba we had had. Around Tobu Nikko there are many good cafes and shops and also sightseeing spots including Nikko Toshogu Shrine, a UNESCO world heritage, so I recommends there as same as Chuzenji Lake; it must be good not only to have fun but also to learn our tradition and history again.


posted by masamaru |19:43 | Traveling | コメント(0) |

2012年08月15日

青森旅行記―三内丸山遺跡を訪ねて その2―/Trip to Jomon/Sannai Maruyama Site

Sannai Maruyama Site


 トンネルを抜けるとそこは縄文のムラだった。


Sannai Maruyama Site と言うわけで、ミュージアムから屋外への遺跡へは、是非、写真の「時遊トンネル」を抜けて、緩やかな下り坂を歩いて向かって下さい。間もなく広大な敷地に広がる縄文のムラが見えて来ます。

 数えたわけではありませんが、上の写真のような復元された「竪穴住居」が10~20はあり、中に入れるものも結構あります。


Sannai Maruyama Site 一口に竪穴住居と言っても建築様式は様々で、例えば写真手前のテントのような形のものと、その奥の入り口にひさしがついているものでは、全く違います。似たような形でも、柱の数や梁の渡し方やそれらの組み方が違ったりします。これは、中に入って上を見上げてみると良く判るので、是非、実際に見て確認していただきたいところです。

 中は案外広いことが判りますし。また、この日は大変暑かったので、内部はひんやりとして気持ちが良かったです。


Sannai Maruyama Site こちらは「掘立柱建物(ほったてばしらたてもの)」。

「高床式倉庫」と学校で習った記憶がありますが、「高床」というのは建築の様式であって、名称ではないようです。ちなみに用途も「倉庫または住居であったと考えられている」となっていて、倉庫と限定されるわけではないようです。


Sannai Maruyama Site こうした太い丸太を用いた建物ではたいていクリ材が用いられていたようです。木は建築資材に、実は食用にと大活躍の栗ですが、縄文人はその栗の木を人為的に増やしていたと考えられるそうです(同時代の野生の栗と異なるDNAを持つ栗が見つかっている、野生の栗に比べて大粒の栗が多く見つかっていて、接木により、良種を選別して増やしていた可能性がある(品種改良でしょう、それは!)、1500年もの間、肥料を与えるなど人の手をかけずに栗林が存続するとは考えにくいなど)。

 稲作より前に森林造成を行っていた可能性があるのですね。面白いです、縄文人。


Sannai Maruyama Site 右は「大型竪穴住居」。長さ約32m、幅約9.8m、高さ7.5m床面積252.4㎡と、その名のとおり、竪穴式住居としては日本最大級、大雪の時に出入りに使用したと想定して設けられた屋根裏部屋まであります。

 次の写真が内部の様子。用途は共同作業所や集会所と考えられているそうですが、相当の人数が集まっても問題なかったと思われます。実に広いです。


Sannai Maruyama Site 建物は19本の太い柱で支えられていますが、その柱の間隔が全て70㎝の倍数であることから、縄文時代の長さの単位(35㎝の縄文尺)があったと考えることが出来るのだそうです。

 これだけの建築物を作るのだから、尺くらいあっても驚くに当たらないような気もしますが…。

 いや、やっぱり驚きます。そして、そういうことを発見したり、想像から導き出して証明したりする学問あるいは仕事というのは、実に楽しそうだなと。もちろん、苦労も多そうですが…。


Sannai Maruyama Site


 そしてこちら、これもまた三内丸山遺跡のシンボルとなっている巨大建築物、「大型掘立柱建物(おおがたほったてばしらたてもの)」です。

 高さ15m、栗の巨木を用いた柱は、直径が最大103㎝、堂々たる威容で、見る者を圧倒し、引き付けます。


Sannai Maruyama Site 右は、角度を変えて丸太の組み方が見えるように撮影した写真。重量感が伝われば良いのですが…。

 ただ、この建物の真の魅力は、その用途が判らないという“謎”の部分にこそあるのかもしれません。そもそもが建物ではないという説すらあり、用途も主な説だけでも、祭殿等の宗教的施設、物見櫓、灯台、魚の見張り台、天文を観察し季節を知るための施設、モニュメント、シンボルタワーと、実に様々です。今後の調査研究によっては、現在の復元案が変更される可能性すらあるとのこと。面白いです。

 復元と言えば、この大型掘立柱建物は、別な場所で見つかったものを今の位置に復元してあります。オリジナルの建物跡と言うか、地面に開いた柱の跡は、そのまま上に被せるように建物を造って保存管理されていて、もちろんそちらも見ることができます。

 巨大な円形の穴が6個並んだ地面は、それだけ見ても壮観です。そのサイズから、大型掘立柱建物は、実はもう5mほど高かったという説もあるのだそうです。いやはや。

 大事なことを書くのを忘れていましたが、ここ、三内まほろばパークでは、こうした施設の利用や見学は全て無料です。ミュージアムも何回出入りしても無料。ついでに言うならコインロッカーも無料。国の特別指定史跡であり、県にとっても文化と観光の両面で大事にしたいところとは言え、素晴らしいことです。無料だからこそ見るという人は少なくないはず。まずは見てもらうことが興味関心を引き出す入り口との考えは、間違っていないと思います。

 その心意気を酌むべく(?)、もう一度ミュージアムを回ったり、落とせるところでお金を落とすべく、グッズを購入したり土産物屋で地ビール「縄文の癒し」を買って、五平餅をつまみに外で飲んだり、時間いっぱい楽しんだのでした。


Sannai Maruyama Site 遺跡を跡にした我々は、観光バスで一時間近くかけて、宿泊する青森駅へ移動。ここからは市内観光のお話です。

 右の三角形の建物は、青森観光物産館アスパムです。その名の通り、観光情報と物産販売、また、文化や環境について学んだり考えたりする場であることを目的としているようです。

 駅の側とは言え、少し海側に外れた場所にはあるのですが、バスで繁華街に入るとビルの間に突然出現するのですね、しかもシュールに浮いている。三角形の部分が、最初は正面から見えるので「何だ、ピラミッドか?!」と思うのですが、より駅に近付くと実は平べったいことが判る。


Sannai Maruyama Site 右は飲みに出た時に撮った写真。夜は青や緑にライトアップされています。レトロフューチャーというか、スーパーナチュラルというか、実は好きですね。この景色。

 ちなみに、普通に買い物や催事に利用されるのは手前の張り出した部分で、三角形の部分には立ち入りませんでした。展望台やレストランなどもあるようでしたが。


Sannai Maruyama Site 夜の街で出会った大型板状土偶。

 土台だけあって、上が付いていないものもありました。壊されたり盗られたりしたのでしょうか。だとしたら、何処にでも心ない人間はいるものです。

 頑張れ、土偶。ねぶたと共に青森を盛り上げておくれ。


Sannai Maruyama Site N嬢のスーパー酒飲みアンテナが作動して入った郷土料理居酒屋。

 酒も肴も凄く美味しくて、絶対得しました。出て来るものが端から全部旨そうで、実際旨かったんですけど、飲み食いに全力を注いだため、写真は一切撮っていませんが…。見かけたら是非入ってみて下さい。お勧めです。

 ホテルではオリンピックの男子サッカー決勝を観戦。応援するメヒコが先制点、追加点と有利に試合を進め、フッキの得点でブラジルも見せ場を作るも結局メヒコが逃げ切り、五輪初優勝と、申し分のない結果でした(ネイマールがちょっと悲壮でしたが…)。


Sannai Maruyama Site さて翌朝、早々にホテルをチェックアウトして我々が向かったのは「古川市場 魚菜センター」。

 ここで名物「のっけ丼」を朝食として食べるというのが、この旅のもうひとつの目的であったのです。


Sannai Maruyama Site 詳しくはこちらで見ていただくとして、要は購入したチケットとご飯を盛った丼を片手に市場を回って、一品50円~数百円で小売りしている具を好きに買っては乗せて歩いて、自分だけの丼を作って食べるというもの。

 これが、やってみると予想以上に楽しくて、かつ難しい。


Sannai Maruyama Site ご飯を買う前にひと回りして大まかなプランを立ててみたりもしたのですが、店が多過ぎて何処に何があったかまで覚えていないし、歩いているうちに別なものも欲しくなるし、あまり時間を使ってもせっかくの新鮮素材の鮮度が落ちそうだし。

 予算は最初に買ったチケットの範囲に収めたいし(注:実際はチケットがなくても硬貨で売ってくれます)、できれば見た目もきれいに仕上げたいし、そうこうしているうちに腹は減って来るし…と、悩まされました。


Sannai Maruyama Site で、出来たのが右の作品(?)。

ご飯(普通盛り) 100円
カンパチ(2切れ)100円
ヒラメ(2切れ)100円
サーモン(2切れ)200円
マグロ赤身(さばき立て)100円
飯鮨(2切れ)100円
帆立フライ 100円
えびっこ&とびっこ 100円
漬けもの 100円

 1000円チケット内にしっかり収めましたが、完成度としてはやや悔いも残るものに。

 当初は見た目も考えて買い歩いていたのですが、途中から直感的に食べたいものへとブレてしまったのが、少しだけ失敗だったかと。飯鮨とか(味の目先を変えたかったのと、売ってるおばちゃが感じ良かったのとで)、帆立フライとか(焼(やき)と生(刺身)は前日に堪能していたのでジャンクな感じに流されて、つい)、最後の100円分をどう使うかで、(彩りに欲を出して)それぞれ50円のトビッコとエビッコを買って中央にこんもりと乗せてもらおうとしたのに、売ってるおばちゃんが“ダーッ”とかけてくれて終了したとか…。

 見た目重視なら、魚卵やウニの扱いは難しいかも。あと、あまり店を散らさず、できるだけひとつところでまとめるのも、効率よく綺麗に作るためには良いかもしれません。ウロウロする方が楽しいような気もしますが…。

 でもまあ、味は文句なしにおいしかったです。しじみの味噌汁を別に現金100円で購入、大満足の朝食となりました。

 こうして終えた青森の旅。是非また行きたいです。今はもう日常に戻っているわけですが、やっぱり旅行はイイです。次は恒例の年越し旅行まで、またコツコツと小銭を溜めようと思います。


Go through out the Time Tunnel from the museum and walk down to approach the remains of the Jomon village; it must be quite exiting. When we got there, it seemed as if we really came back to 5000 years ago. Green land broadened under high and blue sky and there was a village!

At Sannai Maruyama Site, we can see a large-scaled Middle Jomon village that restored even to its landscape with many kinds of building, houses (pit dwellings), and other things that shows Jomon people’s life and also shows how those things were found and excavated. We are permitted to enter some of those pit dwellings and see the detail of inside; and when we came out, still the village was there. It was totally more than just learning history or archaeology but real experience; we also can touch and feel the air of far beyond time.  

Large scale pillar-supported structure might be the most interesting to see above all the site. This 7.5 meters high huge construction with around 32 meters long and 9.8 wide is really overwhelming and actually beautiful too. But what this remains attracts us the most is the mystery on that. Why it had been made and how it had been used are still researched and studied. Some say it was for religion, others say it related to astronomy. Watchtower, symbol tower, monument, everything can be true! How interesting!

The enormous pillars that constructed and held the tower are chestnut timbers. It was known that Jomon people there had grown their chestnut forest for the nuts and timbers. They even could breed those trees to have enough bigger chestnuts, before they started rice farming.

The six huge hole-marks of those pillars on the ground have been kept and preserved at the place where it was originally found. We heard that it can be estimated from the hole size that the tower would get more 5 meters high!

After leaving the site, we moved to center of Aomori city and enjoyed walking around. This flat triangle shaped big building ASPAM is one of interesting spot to visit there, near Aomori station. It is for tourists’ information, introducing the culture and products of Aomori area, and of course shopping those things and souvenirs, but the appearance that reminds us the pyramid of Egypt is funny first of all. At the night when it is lighted in blue or green, supernatural atmosphere comes up on too…

Night life of Aomori is full of nice local foods and drinks; especially, fresh sea foods and sake is a combination. In the morning, it is same. Ms. N and I went to a fish market near the hotel for our breakfast and got stuffed with special seafood bowl. People buy the ticket first and walk around the market with the rice in the bowl to find and choose the topping. There are many booths and we can buy anything not only sashimi unless it comes over the ticket price. I made it with a 1000 yen ticket and paid 100 yen more to soy soup. It was really good price for such good taste! 

We totally had a great time. Aomori might be the place for you to check out and pick up for your next travelling!

(End)


posted by masamaru |15:23 | Traveling | コメント(0) |

2012年08月14日

青森旅行記―三内丸山遺跡を訪ねて その1―/Trip to Jomon/Sannai Maruyama Site

Sannai Maruyama Site


 先週末、この夏の我が家のメインイベントとして、青森の三内丸山遺跡を訪ねて来ました。

 三内丸山遺跡は江戸時代から知られる有名な縄文時代の遺跡でありながら、野球場建設予定地として調査が行われたりもしたそうで、結果、多くの貴重な遺物が発見され、また日本考古学史上例を見ない大規模な集落跡であることが判明し、平成9年、県による保存が決定したそうです(…って、実は結構危なかったのでは?)。


Sannai Maruyama Site 施設としての名称は「縄文の丘 三内まほろばパーク 縄文時遊館」となります(事前のリサーチにご活用下さい)。大きくは、屋外の遺跡部分と「さんまるミュージアム」という屋内の展示スペースのふたつに分かれ、建物内にはシアターや体験工房(条件さえ合えば土偶作りに参加したかった…)、ミュージアムショップ、土産物屋、レストランなども併設されています。

 エントランスの総合案内所前では同施設のマスコット「さんまる」がお出迎え。愛想が良く、仕種もとっても可愛らしかったです。もちろん大人気。


Sannai Maruyama Site また週末だったからか、入口外には屋台なども展開されており、良い匂いがしておりました。昼到着だったこともあり、まずは腹ごしらえから。写真はレストラン「五千年の星」の「貝焼き味噌定食」。

 貝焼き味噌は、帆立の貝殻で貝と野菜を煮て、味噌を溶かし、玉子でとじて食べる、青森の郷土料理のひとつ。


Sannai Maruyama Site 古代米を栗・帆立・山菜で炊き上げたという縄文古代飯と、この貝焼き味噌の組み合わせは、それなりに納得で、おいしかったのですが、“縄文っぽい”のがこの一品だけだったのが少し残念(ちなみにN嬢は普通のおろし蕎麦を選択。こちらも蕎麦としておいしかったです)。メニューにも店内の雰囲気にももう少し“縄文色”が欲しかったところです。

 ちなみに、見たところ人気があったのは(縄文人が栗を良く食べていたことからか)、栗(モンブラン風)のソフトクリームでした。


Sannai Maruyama Site


 ミュージアム内の展示は1900点を越える重要文化財を中心に多種多様。しかし何と言っても今回一番の目的はこちら、「縄文ポシェット(網籠)」、重要文化財です。

 針葉樹の樹脂を編んで作られた高さ16㎝、幅10㎝の小さな袋ですが、約5500年も前のこうした有機物が、これだけ形状を残して発見されたというのがまず凄い。大きさや形が判るものとしては、全国で唯一のものだそうです(編まれたものとしては、他に組紐の一部も展示されていました。こちらもなかなか凄いと思うので、行かれる方は是非探して見て下さい)。


Sannai Maruyama Site このようにきれいな状態が維持された理由は、湿地(遺跡のムラのゴミ捨て場?)にあって、空気に触れなかったためだとのこと。発見時は潰れていて、これをまず樹脂で補強した後、膨らませたそうですが、もともと漆が塗られていたことが判っています。そういう技術は当時からあったのですね。

 中からはクルミのかけらも見つかっていて(網籠の手前の小さいものがそうです)、当時の生活が垣間見えます。浪漫だなー。

「縄文ポシェット」は現在期間限定で(9月23日まで)展示中です。興味のある方はお早めにどうぞ!


Sannai Maruyama Site 右の写真は今回の目的その2、この三内丸山遺跡の象徴的な出土品でもある「大型板状土偶(おおがたばんじょうどぐう)」です。全長32㎝で、板状土偶では最大級。もちろん重要文化財。

 独特の形状と表情が、他にはない雰囲気と迫力を感じさせる存在。

 首と胴体が分断され、90m離れた状態で出土するなど、こちらも色々と見る者の想像力を掻き立ててくれます。ちょっと怖くもあるのですが、何度も見に戻ってしまう、そんな土偶です。

 ちなみにこの大型板状土偶を模したり、写真をパッケージに使用したりした土産物は、この施設内にかかわらず、青森滞在中、いたるところで見ることができます。


Sannai Maruyama Site 右は個人的に好みだった「台付浅鉢型土器(だいつきあさばちがたどき」(重要文化財)。

 何と言うかこの、作為と偶然、技巧と野趣のバランスが絶妙で。道具なんですけど、それだけじゃない生命感をまとっていると言うか。当時の人々の美的感覚に脱帽です。


Sannai Maruyama Site 次はN嬢お気に入りの小さい顔の人たち。

 こういう、小さい土偶やミニチュアの食器のようなものは、ゴミ捨て場のようなところから沢山見つかっています(屋外の遺跡では実際どのような状態で見つかるかを見ることができます)。

 それにしても、皆さん、味のある表情です。


Sannai Maruyama Site 展示はどれもかなり近くで見られるうえ、注記や説明も見やすく、レイアウトもセンスが良いですし、時々遊び心も感じられて満足できるものでした。

 道具もアートのように見えます。まあ、人の手による作品ですから、ある意味アートですけど…。


Sannai Maruyama Site 他でも空間を活かしたり、立体的に展開したり、展示には随所に工夫とがされています。

 ムラの様子を実物大の模型と人形で再現し、当時の人々の生活(人生)を囲み、それに結びついた展示がされていることで、展示物単体ではなく、遥かな時代の空気そのものが伝わって来るようでした。

 貫頭衣(かんとうい。縄文時代の一般的な衣服)のレプリカを着て、写真撮影をしたりもできます。ちょっと気恥ずかしいですが、住居の模型の前など、場所を選んで上手いこと撮ると、それなりに画になりますし、記念にもなりますよ。


Sannai Maruyama Site 右の写真は、盛土(もりど)の層をはがしたもの。

 盛土とは、様々な理由で積まれたり捨てられたりした土の層で、写真は1000年分。ちなみに私たちが見ている部分(外側)は実は内側になるのですが、この辺の詳しいことは是非、現地で知って下さい。屋外の遺跡では実物を見ることもできます。

 施設内は何処も写真が取り放題(フラッシュ撮影は禁止)なのも嬉しい限り。もっともそれゆえにきりがなくなってしまうんですけれど…。

 トンネルを抜けるといよいよ遺跡です。が、今回はここまで。続きは次回upします。


Sannai Maruyama SiteMs. N and I went to Aomori city this weekend to visit Sannai Maruyama Site, one of the most famous and archaeologically important remains of Jomon era; 5900 to 4200 years ago approximately, for this summer’s activity.

It has a large-scaled restored village of the Middle Jomon period and a great museum. There are a restaurant, workshop, and souvenir shops too. 

At the museum, there are very important and variety of exhibits such us pottery, accessories, tools like fishhooks and spearhead and clay figures including more than 1900 Important Cultural Properties. Especially, we had wanted to see Jomon Pochette the small bark knitting bag. This kind thing appears with full shape through 5500 years long sees almost miracle, it is said that sinking in swamp without air might have made it though. A piece of walnut that had been found in the bag was putted next to that and I liked it.

We had been looking forward to seeing this Large flat clay figure too. 32 centimeters long is the largest size among flat clay figures and the cross shaped flat body and triangle head were really impressive. And what attract me the most is the expression. I felt even anger or hostility but it caught me strangely. When it had been unearthed, the head had been cut off the body 90 meters away. It is thought provoking too.

All exhibits were interesting and nice to see; we could see them really close and felt them not only know or learn. It sometimes was beautiful art and sometimes was entertainment. Visitors can study how Jomon people live or how their lives were enjoying it.

(To be continued)


posted by MasaMaru (横浜在住) |18:14 | Traveling | コメント(0) |

2012年01月03日

「頑張れ、福島!」福島年越し旅行記/What we found from a short trip to Fukushima

Fukushima


A happy New Year! 新年明けましておめでとうございます!


Fukushima この年末年始、ボクは福島県の飯坂温泉というところへ、旅行に行きました。3月に大きな地震があって、東北の方たちは今でも大変な思いをしています。まさまるさんとN嬢さんも何か出来ることはないかと考えて、二人ともまとめてお休みを取れるこの時期に福島へ旅行に行くことに決めていたのだそうです。ボクは付き添い。

 上の写真でボクがいるのは奥十綱橋(おくとつなばし)。ボクの後ろに流れているのは摺上川(すりあげがわ)。右に写っている建物が泊ったホテル「山房 月の瀬」です。右の写真だともう少しわかりやすいかな?とっても良いところでしたよ!おいしいものを食べて、温泉に入って、色々なところを見て歩いて大満足のお正月でした。


…と、ドーレくん口調で書き出してみましたが、皆様、良いお正月をお過ごしでしょうか。本年もよろしくお願いします。


Fukushima さて、ここからはちょっと真面目な話。

 福島への旅行を決めたのは、上にも書いたとおり、今行かずしていつ行くんだという思いからです(写真は行きに乗った新幹線「Maxやまびこ」のペイント)。

 ただ、我々が宿泊したのは、実際は飯坂温泉の少し先、穴原温泉というところですが、駅からホテルまでの道中、送迎の車の窓から見た感じでは、おそらく経営難から閉めてしまった(潰れてしまった)と思われるホテルや旅館も少なくなく、いたるところに“頑張ろう!福島”的な幟はあるものの建物が崩れていたり道が不通だったりはせず、“案外普通にやれてるじゃん”という印象でした。


Fukushima 宿泊したホテル「月の瀬」について少し書きますと、結構大きなホテルで、食事が大変おいしく、量が多かったです(写真右は元日の夕食。下は2日の朝食)。

 温泉は、浴場そのものは建物に比べるとそんなに大きくないかもしれず、お風呂の種類を望む方には少々物足りない可能性もありますが、お湯の質がそれほどキツくなく(源泉の温度が高過ぎるので加水はしているそうです)ゆっくりと入れるのが良いです(露天はちょっと狭いですが、この季節、清冽な空気の中、摺上川を見ながら入る露天は気持ち良かったです)。効能は見るのを忘れていましたが、帰宅して一日経ってもまだ、額から足の裏までスベスベです(笑)。


Fukushima 特に魚を使った料理は、寒鱈(ちり鍋)、甘鯛(湯葉蒸)、むつ(煮付)、鰤(照焼)…と出て来るもの出て来るもの全部絶品で、2日目の夜、宿泊中ずっとお世話になった仲居さんにそれを伝えたところ、震災以降、肉を出しても喜ばれないことが増え、魚料理を頑張っているとの答え。はっとしました。

 恥ずかしい話、その時初めて福島牛というブランドに思い当たりました。そう言えば、お米の産地も山形や新潟であると、わざわざ表示してあるわけです。自分が何故福島に来たのか、すっかり忘れていたわけです。


 そこで、震災のあった時、ここはどうだったのか聞いてみたところ、実際、大変な思いをされていました。各部屋の照明は落下し、テレビや花瓶は半分以上が倒れて壊れ、ガスも水道も電気も止まり、自分達の足下も定まらぬ中、今いる宿泊客を外へ誘導するのがやっと、その後は厨房も使えず何を供することも出来ない状態で、上の写真にもある摺上側まで、トイレ用の水を汲みに下りたそうです(ほとんど目立たないですが、テーブルに残る傷がその時のものだと教えていただきました)。お客さんには、自分の車や迎えを呼んでもらい、それぞれ帰ってもらうしかなかったとのこと。

 正直「福島はもう終わった」と思われたそうです。

 そのうえ原発の事故と放射能漏れが続きました。


Fukushima ホテルの周辺を散策した際、あちこちに柿の実がたくさん生っている木があって、綺麗だと喜んで写真を撮っていたりしたのですが、実は柿(あんぽ柿=干し柿)もこちらの名産で、ただ、一定量以上の放射性物質が検出されたため、今年は加工も出荷も出来ないのだとのこと。

 それで枝に残っているのかどうかまでは聞きませんでしたが、そうなのだとしたら自分はとんでもない阿呆だと思わずにはいられませんでした(ちなみにリンゴと桃は問題なく出荷できているそうです)。

 また、摺上川ではアユが沢山獲れるのだそうですが、それも今年は出せなかったとのこと。もともとホテルの売りなのでしょう、エレベーターには「鮎の塩焼き、お部屋にも宴会場にもお出しします」と写真入りで貼ってあるんですね。でも、それは今、他所の鮎なわけです。


Fukushima 更にはこちらの名物に「ラジウム玉子」というものがあります。

 要は温泉卵なのですが、1898年、キュリー夫妻によりラジウムが発見されてのち、日本で初めてラジウムが確認されたのが、ここ飯坂温泉なので、この呼び名があるわけです(写真は朝食にでたラジウム玉子)。


Fukushima これも飯坂の温泉街まで散策に出た時のこと、たまたま開いていたラジウム玉子の看板を出しているお店に入ったところ、幸運なことに、今、温泉から引き揚げて来たものがあるとのことで、包装する前のものを見せてもらって、その場で買って食べたのですが…。

 まあ、ホカホカのトロトロでおいしかったです。1個50円は信じられません(「ラジウム玉子 あおき」。覚えておいて下さい)。作業場で写真を撮りまくる私を迷惑がりもせず、二人にひとつずつ、割れている玉子をサービスでくれたお婆ちゃん、ありがとう。ちなみにラジウム玉子は、割れていなければ常温で7日、冷蔵で10日くらいは日持ちするそうです。お土産に最適)。


Fukushima で、そのラジウム玉子が、“ラジウム”の響きや印象が嫌われて、表記に苦労する場合があるとか。

 まあ、客商売というのはそういうものかもしれません。でも、牛にしろ、米にしろ、鮎にしろ、玉子にしろ、これまで“自分達のもの”として誇りをもって供して来た物が、出しても嫌われたり、出せなかったりするわけです。自分達で味を落としたり、質を落としたりした訳ではないのにですよ?どういうことですか。

(一方で全く反対に、報道で安全とされていたことで現実はちっとも安全ではなかったことも幾つもあるという話も聞きましたが…。)


 滞在中、新聞の地元記事やテレビのローカルCMでも、“頑張ろう、福島”のスローガンは繰り返し目にしていました。ただ、その話を聞いてからは、互いを鼓舞し合うその言葉にも、いたわり合う優しさだけではない憤りや悔しさも感じずにはいられず、また、“良くぞここまで持ち直してくれた”と思わずにはいられませんでした。

 だからと言って結局我々は直接何をしたわけでもないのですが、そういう話を聞いて、(知識や情報としてではなく)そういうことを感じられたのは良かったと、私たちがここでお金を使うことが幾らかでも助けになるなら、(どう考えてもそれ以上にこっちが満足しているのですが)本当に来て良かったと思った次第です。

 もちろん、大変なのは福島だけではないでしょう。宮城だって岩手だって茨城だって、大変なはずです。でも、自分達が実際に行って来たところとして、福島はお勧めできます。次の旅行の候補には是非加えて下さい。

 というわけで、ここからは簡単に観光案内を少々。


Fukushimaお湯かけ薬師如来像(鯖湖湯/さばこゆ)。

 痛むところや悪いところにお湯(もちろん温泉)をかけて撫でると、効果あり。

 元日と、2日の帰る前にもお湯をかけ、目を撫で、手を合わせて来ました。N嬢は首から肩、背中と念入りに。

 初詣になるのかな(氏神様には厄除けを兼ねて本日詣でて来ましたが…)。


Fukushima旧堀切邸。

 古くは川の氾濫を防ぎ、江戸時代には大庄屋として農民を飢饉から救い、近代では堀切善兵衛(衆院議員議長、駐イタリア大使)、堀切善次郎(東京市長、内務大臣)ら優秀な政治家を輩出した名家の屋敷跡。


Fukushima 入場無料、撮影自由、足湯あり。とっても趣のある施設で、現存するものでは最も古いものに入る土蔵など、そちら方面に興味のある人には更に楽しめる場所。

 写真の部屋は、個人的に圧倒された場所。ただ、書の展示は、随時変わるのかもしれません(何となくですが、そういう雰囲気があり)。


Fukushima飯坂温泉駅の芭蕉像。

 松尾芭蕉が飯坂に立ち寄って温泉に入ったことは、「奥の細道」にも書かれています。また、弟子の河合曾良(そら)も日記にそのことを記しています。

 しかし、温泉街の中にある「芭蕉の道公園」(足湯あり)の説明で読んだのですが、実は芭蕉は飯坂のことをあまり良く書いてはいないのですね(笑)。泊ったところが貧しい家だったようで、雨漏りがしただの蚊やノミに食われて気絶しただの(笑)。

 でも、それを隠さず“芭蕉が来た”という点を強く押す、飯坂の姿勢に感服します。


Fukushima 出発前、予算ぎりぎりまで貢献すべく、酒屋で福島のお酒を購入。職場へのお土産にお菓子も沢山購入しました。右と左は日本酒、真ん中の一本は麦焼酎。飯坂温泉散策マップとラジウム玉子を一緒に撮影(榮川は、滞在中に吟醸を飲んでおいしかったので、純米を買って来ました)。

 是非またいつか、行きたいと思っています。良いお正月をありがとうございました。頑張れ、福島!


Ms. N and I went to Iizaka-onsen in Fukusima where the huge earthquake hit in March and still now suffering from its nuclear power plant’s accident to stay and have this New Year. We got there the last day of last year and stayed until January 2nd. While we were there, we totally enjoyed those great dinners and break fasts that used wonderful local foods and its hot spring with the beautiful snow-dressed viewing. It was perfect.

However, we also found how they had had hard experience from the disaster and how they still have had many difficulties to handle the problem for their business, serving gests good enough.

When we prized their fish cooking, our waitress said that they had tried to serve good fish dish more than beef because now beef dish has not been so welcomed. They have their local beef as known as Fukushima beef as one of their specialties but now it is not so welcomed. Some guests think it can be contaminated with the radiation leaked from the power plant.

It was a trigger for me to ask her how it was there at the moment of the earthquake and she told her experience; how terribly it shook, how many things fell and broke and how they managed to secure the guests. Even after that, they had to go down to Suriage river running through back of their hotel for the water because every water, electricity and gas had been downed (the river is in the second picture of this page with the hotel on the right facing you). She said she almost thought that Fukushima had ended.

And about the influence of the radiation, Fukushima beef was not only one. They still have many well-known local products such as rice, kaki and ayu (a fresh water fish) but all of them have been prohibited to serve or thought suspicious so they cannot help stopping to serve them. We had seen many Kaki trees having too much fruits on their branches.

But what disappointed us the most was Radium Egg. Iizaka is the first place where radium was found in Japan after the discovery by Mr. and Mrs. Curie in 1898 so they named their boiled egg with the hot spring there “Radium Egg”. Of course, we tried it; fortunately it had been really fresh-boiled up so tasted great. However, now the name can suggest the accident to tourists so that they often have to be careful or sensitive to explain that. How hard and depressing it is for them…

Knowing those stories and finding out the situation was obviously good for us; it was a part of what we wanted. And we came to wish more strongly than before that we could help them and their economy with our stay and shopping after this short trip.

I know Fukushima is not only place in trouble of the earthquake or tsunami, still, please remember Fukushima when you plan your next trip. Especially I can recommend Iizaka where is famous for its hot spring and also well-known as world famous Edo period’s haiku poet Matsuo Basho stopped by and had the hot spring. It must be good.


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2011年07月13日

週末帰省 2011夏/Homecoming in summer of 2011

Sapporo JUL 2011


 先週末、札幌に帰りました。愛媛戦に合わせた一泊二日の慌ただしい日程でしたが、楽しかったです。

 朝早い便で千歳に到着。涼しくないどころか暑い気温に少々がっかりしつつJRで札幌へ。札幌駅から街の様子を見ながら、徒歩で大通公園到着。

 時代と共に姿と役割を変えて来たこの公園の百年を紹介する記事を機内の雑誌で読んだばかりだったので、何となく感慨深い思いに。


Sapporo JUL 2011 とは言え、やることはいつもと変わらず。無事の到着を祝して昼前から乾杯。

 くろもちきびは、初めて食べました。確かに“もっちり”しています。いわゆるトウキビと比べると甘みと水気がなく、その分、食感も味も強いと言うか濃いと言うか、栄養を摂っている実感があります。“穀物”を食べている感じ。でもおいしかったですよ。


Sapporo JUL 2011 その後、聖地厚別へ移動して、父と合流、試合観戦(しながら飲み)。

 内容については、もう今さらなので割愛しますが、最高でした。流れが変わる瞬間、流れを変える判断(選手交代、プレーなど)というものを、ここまではっきりと、何度も感じた試合は初めてだったかもしれません。面白かった。


Sapporo JUL 2011 流れを左右したという点で、影のヒーローは内村の同点弾を演出した砂川と、後半たたみかけるように岡本、宮澤、横野といった、逆転に直接絡んだ攻撃的な選手を送り出した石崎監督かもしれません。失点後、そしてリードした後の大事な時間で、河合がチーム(特に若い櫛引)とゲームを支えてくれていたことも大きかったと思います。

 同点のシーンは、見ていても何が起きたのか判りませんでした。後からテレビを見て、砂川の狡猾なプレーと、内村のシュートがキーパーの股を抜いていたことを知り、鳥肌が立ちました。


Sapporo JUL 2011 愛媛について言えば、ジョジマールが出て来た時が、試合を決定するチャンスだったでしょう。彼にボールが渡っただけで点が入る雰囲気があった。打つ気満々だったし。あれこそブラジル人。ただ、横野の2ゴールの後は既にゲームに飽きていてくれて、むしろ助かりました。それもまた、いかにもブラジル人。


Sapporo JUL 2011 帰宅後、裏庭バーベキューで更に飲み。我が家から持って行ったシシトウも恥ずかしながら網に乗せてみたりして。

 N嬢はすぐに満腹になってしまい、むしろ悔しい思いをしたようです(スタジアムでいか飯を食べ過ぎたか?)。


Sapporo JUL 2011 この二日間でクラシックをどれだけ飲んだことか。横浜に戻って来たらいつ飲めるか判りませんから(実は全く飲めないというわけでもないのですが…)、帰りの空港まで飲みまくりました(笑)。

 夜はさすがに涼しく寝やすかったです。横浜の熱帯夜と比べたら天国のよう。


Sapporo JUL 2011


 翌日は札幌に2か所しかないワイナリー(意外!)のひとつ、さっぽろ藤野ワイナリー見学と散策。


Sapporo JUL 2011 パークゴルフクラブ「エルクの森」に併設された形で、歩くだけなら自由に入れます。ブドウ畑に至るまでに緑の芝と色とりどりの花が楽しめました。ディスプレイにはところどころ“?”と思うものもありましたが、気持ち良かったです。
 「エルクの森」自体は私がいた20年以上前から既にあったと思うのですが、ワイナリーを始めるべく苗木を取り寄せたのは2000年春、ワインの初出荷は2009年秋だそうです。

Sapporo JUL 2011 先に送ってもらったものが、北海道の他のワインに比べて甘ったるさがなく好みだったことが気になっていた理由だったのですが、やっぱり美味しいです。写真のレストランではコーヒーを飲んだだけですが、国道沿いにあるショップで色々試飲した後、リースリングを購入。皆様も機会があったら是非お試し下さい。


Sapporo JUL 2011 そういうわけで今回も“ホーム”を満喫できました。色々と準備をしてくれたり車を出してくれたりした家族に感謝です。次はいつ帰れるか。もう少しゆっくりしたい気もします。

 札幌は次節、再び厚別で水戸を迎えます。ここで勝てば勢いに乗れそうです(えてしてそういう試合に弱いのですが…)。頑張れ、コンサドーレ札幌!


Last weekend Ms. N and I went to Sapporo to visit my family and to see the game between Consadole Sapporo and Ehime FC. We got the city before noon and soon started drinking at Odori Park in its 100th anniversary because it was too hot and the green of grasses were really beautiful. We stayed there for a while and then, moved to Atsubetsu Park Stadium, the holy home pitch of Consadole; to join my father.

The game was fantastic. Although Sapporo allowed Ehime to go ahead; the scorer was Ishii who used to play for Sapporo, they finally turn it over to win the important match by 3-1. Sunakawa’s clever quick play drew Uchimura’s equalizer (it was so quick that almost no one in the stand could find what happened) and three substitutes Okamoto, Miyazawa and Yokono all worked well. Both of Yokono’s two goals came from these three substitutes’ playing.

In my opinion Kawai was also a key player; he held the team especially when they were in difficult situation, after falling behind or getting lead and he supported their rookie defender Kushibiki really well. But actually, almost all players were good. We were really excited and totally enjoyed this greatest and sweetest victory.

For the night, we had a barbecue in the backyard of my parents’ home. My mother had prepared it while we were seeing the game. We ate and drank more. The night of Sapporo was too easy to sleep; it was cool and dry and frogs singing sounded like lullaby for us came from hot and humid this season’s Yokohama.

Sunday, we visited Sapporo Fujino Winery with my parents. My brother drove us there (I have to thank all my family for this stay). 

There are only two wineries in Sapporo and Fujino Winery is one of that. It has been game golf park for a long time. The spring of 2000, the first 250 grape seedlings were planted and the fall of 2009, their first wines were released. Now it has more than 1500 of variety grape trees in its beautiful location. Visitors can enjoy walking in the fine view of mountain side watching beautiful lawn, lily pad pond, and many flowers. There is a restaurant serving dishes using ingredients there and of course, with their wines. When you like those wines, maybe you can buy them. We also stopped by their winery shop 2 km away there and got some after enough tasting. It was totally happy homecoming! 


posted by MasaMaru (横浜在住) |23:55 | Traveling | コメント(2) |

2009年11月20日

伊豆一泊旅行/Weekend trip for Izu

izu
一碧湖畔の紅葉(伊東)

 もう先週末になってしまうのですが、伊東へ一泊旅行に行った時の写真です。撮影日は風が強く、波も高かったのですが、エメラルドグリーンの澄んだ湖水は、“伊豆の瞳”と呼ばれるにふさわしい優雅さと美しさでした。

 湖を一周する約4kmの周遊道にはちょっとした森のようになっている部分もあり、美しい水と緑に心身ともに洗われる思いでした。一碧湖はまたバス釣りでも有名だそうで、ルアーを泳がせているアングラーの姿もちらほら見かけました。楽しそうでしたよ。


izuLast weekend, Ms. N and I went to Ito, Shizuoka prefecture and stayed a hotel by a famous lake there, Lake Ippeki. The picture is of the lake with red leaves in the morning.


The word “ippeki” means “the most emerald” or “an emerald”. The day, although it was windy and the surface of the water never stayed calm and kept ruffled, this beautiful lake also as known as “The eye of Izu” (Izu is an old name of the area including Ito) was always beautiful enough.

The lake has a 4km circuit trail going through a wood so we enjoyed the trekking too. Lake Ippeki is also well known for bass fishing. We actually saw some anglers reeling their lures.


izu 前日の土曜日は、あいにくの雨の中、美術館巡りをしていました。右の写真は「ワイルドスミス絵本美術館」。ブライアン・ワイルドスミスは「ワイルドスミスのABC」やマザーグースの挿絵などで有名な絵本作家ですが(特に彼の描いた動物の絵に見覚えのある方は多いと思います)、こちらではその世界に存分に浸ることができます。

 特に動物たちが愛らしく色彩豊かな絵の素晴らしさは言うまでもなく、何処までも教育的なのに決して説教くさくはない不思議な作風には唸らされます。彼の作品はほぼ読み放題。ショップで買えるグッズもお洒落で、個人的には一日中過ごせそうな場所でした。


izu 晴れ女N嬢のおかげか天気は回復、昼食を挟んで次に訪れたのは、今回の主目的のひとつでもあった「伊豆アンモナイト博物館」。しかし…まさかの臨時休館!これには二人で呆然、建物の前で立ち尽くすこと暫し…。

 これでもう一度、伊東に来なければならなくなったねと話しつつ、螺旋を描くエントランスもアンモナイトを思わせるセンスのいい建物を後に。


izu 気を取り直して向かったのは「アフリカン アート ギャラリー」。伊豆はこうした小規模の美術館やギャラリーがたくさんあって面白いですね(当たり外れの差も大きそうですが…)。

 写真はその入り口とドアノブ。雰囲気あるでしょう?

 内部は撮影できないため写真で紹介することができないのが残念ですが、展示物も予想以上に豊富で、アフリカの民族文化と生活に根差した独創的で生命力溢れるアートを目にすることができます。ショップではかの土地の工芸品や楽器などの他、カンガという民族布を使用した個性的な服なども入手可能(N嬢は木彫りの小さなスプーンを、私は木の皮でできた本物そっくりのカエルを購入)。

Izu area has many small museums and art galleries. Previous day, we visited around some of them. Both Brian Wildsmith Museum of Art and African Art Gallery were really interesting and attractive. We liked those exhibitions and had a great time. Only one unfortunate thing was Izu Ammonite Museum had been closed totally irregularly. It was one of what we had been looking forward to the most in the trip…. Still, the cold rain in the morning finally stopped and we saw beautiful sunset when we got the hotel. The dinner was also great. It was nice to end the first day.


izu
 宿泊した一碧湖畔のコンドミニアム式のホテルは、その名も「紀州鉄道伊豆一碧湖ホテル」。チェックインした後、早速周辺を散歩。鮮やかな夕焼け空に翌日の晴天を予感。温泉と地元の美味を楽しんで初日を終えました。


izu 二日目は冒頭に書いた湖畔周遊と、伊東駅周辺散策を満喫。駅から少し歩けば海に至る(沖に臨むのは初島)山あり海ありの伊豆、機会があれば是非訪れてみて下さい。

For the second day, we enjoyed trekking around the lake and walking around the Ito station. Izu area that has both mountain and sea in it is really fun to visit. Check it when you can!


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2009年05月17日

八戸紀行 2009(縄文好き必見)/Travel in Hachinohe

hachinohe 2009


 青森県八戸市「八戸公園(こどもの国)」にある「縄文親子像」です。高さ15メートル、幅10メートルの巨大な像。八戸市には是川風張という有名な縄文遺跡があり、風張遺跡から出土した「合掌土偶」は、このたび国宝に指定されました(今までは重要文化財だったので“昇格”ですね。残念ながらこの時は東京に貸し出し中。その後は海外を回るそうです)。


hachinohe 2009 是川遺跡では現在でも発掘が行われており(本物の竪穴式住居に入れます。今回は我々行ってないんですけれど)、縄文学習館考古館歴史民族資料館などもあり、展示物も豊富で、興味のある人間には大変楽しいところなのですが、風張の方は既に福祉施設が建ってしまっており遺跡を見ることはできません(こちらは車で通り過ぎました)。

 何故、そんな価値のある場所を…とも思うのですが、これが地方の現状であり、発想の限界だと思います。今回の合掌土偶国宝指定の件にしても、宣伝が足りないと言うか、これで人を呼んで“外貨”を稼ごうという意欲があまり感じられません(財政的な問題云々以前に空気として)。せっかく今、美人議員が話題になったりしているのだから、もっと何でも利用して、繋げれば良いのに…(市のHPも全然力入ってなくて、魅力的な写真を載せているサイトを探して貼り付けるのに苦労しました)。


hachinohe 2009 こどもの国自体は、広大な敷地に芝生の広場あり、日本庭園あり、植物園あり、ところどころで山羊や羊が草を食む、運動したり太陽の下でのんびり過ごしたりするには大変良い場所でした。


hachinohe 2009 八重桜とチューリップが満開でした。薔薇の種類が豊富だったのですが、さすがにこちらはまだ。


hachinohe 2009 というわけで、先週末、八戸に行って来ました。目的はすっかり恒例となった「うみねこマラソン」。私は今回で3回目、N嬢は4回目です(前回のレポートはこちらからどうぞ)。しかし直前の無茶な走り込みがたたって膝と膝裏の腱を痛めており、今年のテーマは「リタイアする勇気を持とう」。不安を抱えてのエントリーでした。

 などと言いながら…。


hachinohe 2009


hachinohe 2009 土曜の夜は地元のおいしい酒と魚を日付が変わるまで堪能し、日曜日、レース当日は、これも恒例の片町の朝市で路地売りのおいしいもので腹を膨らませてから会場に向かうという、いつもどおりの緊張感に欠ける振る舞い。


hachinohe 2009 お土産もこの市場で購入してしまいます。いつ来ても活気があって楽しいところです。


hachinohe 2009 肝心のレースは、いつ救護バスに収容されるかビクビクしながら昨年より1時間遅いタイムでかろうじて完走。最後の3kmは一歩一歩が激痛との闘いでした。並走してくれた彼女と沿道の温かい声援にも助けられ、結局、最後まで走ってしまいました(先に3kmを走り終え、心配しながら待っていてくれたN嬢母R子さん&叔母S子さん、ありがとうございました)。
 膝の痛みが取れるまで暫くはジョギングもできませんが、また鍛え直して、来年は札幌マラソンに鞍替えしてみようかとも考えています。


The top picture is Statue of Jomon-era Parent and Child, 15 meters high and 10 meters wide, in Hachinohe Park “Child Land” located in Hachinohe, Aomori prefecture. Last weekend, Ms. N and I went there, her home town Hachinohe, to run Umineko Half Marathon as we have done these years.

Hachinohe is famous of its two remain of Jomon-era, Korekawa and Kazahari (Korekawa remain is still working as one of the most important archaeological points and there are some museums with many interesting valuable exhibitions to study archaeology and folklore of this area). This year, “Clay figure joining its palms together” excavated from Kazahari remain that had been an important cultural property was designated to be national treasure. It was in Tokyo to be exhibited when we visited there and was planed to go around overseas after that. However, it seemed that they had not been able to use that to invite people like tourists from out of prefectures for its sightseeing business. Usually always there was financial difficulty for Municipal Corporation to make it, still they should have advertised this occasion more at least. It can draw more attentions.

Hachinohe Park has a large grass square, Japanese garden and botanical garden in its airy spacious site and visitors can enjoy walking around and seeing animals and flowers there. It is really nice place to stay out under the sun.

Saturday night, we also enjoyed the night in the downtown of Hachinohe, drinking and eating, and got more at the farmers and fishers market in Sunday morning. Sunday’s race, we just managed to finish running because I had had terrible soar knee from too much running before the race and Ms. N had not run enough. However, we had a great fun this time too. And now, we are thinking about run Sapporo Marathon next year.


posted by MasaMaru |18:18 | Traveling | コメント(4) |

2008年05月30日

八戸旅行 2008 その3/Going back to Hachinohe 2008 #3

hachinohe 2008

招き猫とウミネコ


hachinohe 2008 レースを終え、S子さんと別れた3人は、大型銭湯で汗を流した後、私の強い希望により前回も訪れた蕪島(かぶしま)へ向かいました。ウミネコの繁殖地として国の天然記念物にも指定されている場所です。八戸に来たからにはやはり訪れておかないと。


hachinohe 2008 島が蕪(ナタネ)の花で黄色く染められるこの時期から夏にかけて、子育てのために彼の地を訪れるウミネコの数は約4万羽。

 その数と鳴き声たるやヒッチコックの「鳥」ばりですから、ちょっと腰が引けてしまう人もいるかもしれませんが、人間に対しては基本的にフレンドリーです(と言うか無関心)。お菓子などを彼らに見えるように持っていると(当然くれるものと思って寄って来るので)場合によっては突付かれたり咬まれたりして危ないですが、こちらが気を付ければ回避できます。


hachinohe 2008 蕪島神社の神様は、漁師の守り神でもある弁天様。その弁天様の使いとして大切にされて来たのがウミネコなのです(魚のいる場所を漁師に教えるからという説もあります)。“ゴミを捨てないようにしましょう”というのと同じことで、皆が少しずつ気を付けて、昔から続いて来た自然と人間の良好な関係を維持していければと思います。


hachinohe 2008 フレンドリーと言っても卵を抱いている母鳥はさすがに神経質。写真を取ろうとして(あるいは知らないうちに巣に近付きすぎて)凄い声で怒られる(威嚇される)ことはしょっちゅう。


hachinohe 2008 本当、いたるところに巣を作ってうずくまっているので、注意しないとうっかり踏み潰しかねません。写真の木枠は、最初はウミネコが産卵しやすいように設置されたものかと思っていましたが、実は観光客に巣の位置を教えるためのものかもしれません(去年はなかったような気がするのですが)。


hachinohe 2008 その後、八戸市水産科学館マリエントを訪れ、その施設と展示物の充実ぶり(特に映像資料と生きた魚)に、「真っ直ぐこっちに来るべきだったじゃん!」と激しく悔やみながら、残り少ない滞在時間を満喫。

“立ち上がるカレイ”で、ごく短い時期こちらのメディアでも取り上げられていましたが、それがなくても充分面白い所です(私のイチオシは、水槽に手を入れると角質を食べてくれる魚。いや、本当にいるんですって、そういうのが!)。正直、これで入館料300円はあんまりな安さ。アクセスが良いとはお世辞にも言えませんし(その分ロケーションは良いですが)、そもそも売上や集客を意図した場所ではないのかもしれませんが(地域住民の学習の場としての意味合いが強いとか)。いずれにしろ、次に来た時に寄りたい場所がまた増えてしまいました。次はもう少し時間をかけて見て回りたいと思います。

(終わり)


After running Umineko Marathon, Ms. N and her mother and I went to a public bath and refreshed, then visited Kabu shima Island to see Kabu shima shrine and its symbol, umineko, black-tailed seagull in English, as we had done last time.

Kabu shima is well known as one of the largest breeding points of black-tailed seagull in Japan and it also has been designated as a natural monument by that. In this season, the island is painted beautiful bright yellow by rape blossoms that used to be called Kabu and more than thirty thousand black-tailed seagulls come to breed. They nest everywhere and never are afraid of people unless we get closer too much so visitors can see how mothers holding their eggs really well. Actually, I love that!

Umineko and fishermen there have had a good relationship for a long time because the bird can show them where fish is gathering in the sea. I wish it never changes.

We also went to Hachinohe fisheries science pavilion Marient for the last attraction of this stay and finally had a great time. It has a lot of really interesting exhibits and materials to learn black-tailed seagull, squid, the earth and the deep ocean world with a variety of information and videos. Seeing or touching some unique fishes was enjoyable too. Unfortunately we did not have enough time to see all, so next time we will visit there first.


posted by MasaMaru |23:55 | Traveling | コメント(0) |

2008年05月24日

八戸旅行 2008 その2/Going back to Hachinohe 2008 #2

hachinohe 2008

(題材である八戸旅行から既に2週間が経過しておりますが、とりあえず完結すべく書き続けています。)


hachinohe 2008 軽く太ったような気さえするレース当日の朝、前夜の食べ過ぎを悔やみ、確か去年も同じことをやらかしたのではなかったかとぼんやり考えながら、前回同様、ホテルから歩いてすぐの片町の朝市へ出かけました。


hachinohe 2008 さっそく音を立てて崩れ始める何か。“せっかくこういうところに来ているのだし、おいしいものを食べたいだけ食べるのが筋というものでは?”などという自問に力強く“Yes!”と答えつつ、朝から食べ過ぎる気充分な買物を楽しみました。まず視覚でヤられてしまうんですよね。場の空気込みで、何を見てもおいしそう。まず、絵としてイイなぁと思って手が伸びちゃう。とにかく財布に優しいので、試しと思っても買いやすいですし(実際そう外れはない)。


hachinohe 2008 おまけをしてもらって予想外に量が増えることもあります。タラノメと野菜のてんぷらを買って、ホテルに帰ってみるとイカまで入っていたり(笑)。


hachinohe 2008 とどめはこの炭火焼。ホッケ、サバ、ギンダラ、どれも1本200円って、何かこう、一段階上のスイッチが入った気がしました。匂いがまた反則だし。もう、これを食べるために「はやて」に乗って来たんじゃないかと思ってしまったくらい。


hachinohe 2008 悔しいので角度を変えてもう一枚載せておきます。ギンダラは残念ながら売約済みで焼かれていたので、サバを購入。ホテルに戻ってから食べたのですが、焼き加減といい塩加減といい、もう絶品でした。

 ちなみにこの日の夜、八戸を立つ前、R子さんも含めた3人で夕食も兼ねて軽く一杯、駅前の居酒屋で飲んだのですが、そこで頼んだ「ギンダラの塩焼き」700円は、これに比べてあまりに失望させられるものでした。もう全てにおいて。


hachinohe 2008 最後は、喫茶店にもなっている煎餅店で、待っている間は地元の方たちとお喋りなどしつつ南部煎餅を焼いてもらい、齧りながら帰りました。

 ホテルまで車で迎えに来てくれたのはS子さんでした。再会を喜びつつ、車内では、やはり今回のことで周りに驚かれたという話になりました(職場の人には黙っていたのに、主催でもある地元紙「デーリー東北」に参加者名簿がデカデカと出てしまい露見したとか)。

 もっとも本人は結果度外視で楽しんでいる様子。前回の私達を見て、せっかくの地元のイベント、より楽しむためには参加するのが良さそうだと思ったのだとのこと。こちらとしても嬉しくなりました。

 R子さんも拾って会場の漁港に向かったのですが、車の数が昨年よりもはるかに多いことにびっくり。発着点や大会本部のある水産公社前から少々離れたところに駐車することになりました。


hachinohe 2008

 今回、過去最多の4731人の参加があった八戸うみねこマラソンですが(前回は4208人)、今後更に大きなものにしていくなら、この“会場まで車で来ることが前提”となっているアクセスについてはいずれ考える必要があるかもしれません。地元の人達はともかく、特に大会前後の観光もセットで宿泊しているような遠方からの参加者用に、駅や市街地から乗り込めるシャトルバスを何本か(あるいはピストンで)走らせるとか、いっそ、そうしたバスの運行に便利なホテルに宿泊してもらう形で参加料込みのプランを用意するとか。まあ、ここ数年、参加者数は増えたり減ったりのようですし、実際に何か立ち上げるとなると金も手間もかかるうえ、運営は今でもボランティア中心で非常に頑張っていただいている印象なので、現実には許容量と集客のバランスを探りながら継続していくだけでも充分大変なのでしょうけれど。


hachinohe 2008かもめちくわ」は、大会に協賛するマルヨ水産(株)の看板商品(ちくわは参加賞としてもらえます)。“うみねこ”マラソンで“かもめ”ちくわ…と確か去年も思いました。

 先にスタートする3km組の二人と別れて慌しく準備。途中、N嬢とはぐれたり再開したり、食堂でそばをゆでているS子さんの御主人に荷物を預けるなど身内特権濫用で迷惑をかけたりしつつ(本当にスミマセンでした)、ハーフもスタート。

 コースが判っているだけでも、前回に比べて随分走りやすく感じました。5㎞、蕪島を過ぎる辺りから景色の美しさと高低差の激しさという、このレースらしさが出て来て、楽しくなって来ます(詳しくはこちら。どちらの特徴もハーフを走らなければ無縁なのですが)。

 折り返しを過ぎて12km地点辺りでN嬢と擦れ違う際、「あなたの前に110人いるわよ!」と声をかけられ(苦しさを紛らわすために数えていたらしい)、ちょっと多いなと感じていました。雨こそ降らなかったものの、生憎の曇り空で気温が低く体が温まらなかったのと、後半、思った以上にペースが上がらなかったのとで、終わってみれば1時間30分(正確には+13秒)、去年から5分タイムを縮めたのと、参加者が増えたのと、どちらが勝るか、微妙なところだと思ったのですが…。


hachinohe 2008 何はともあれ、先に走り終えていたR子さん達と合流、3人でN嬢を迎えた後、これも去年同様、食堂で温かいそばを食べました(イワシ天そばゲソ上げ乗せ。S子さんのおごり)。最後の方はもう、これを支えに走っていたと言っても過言ではありません。

 ちなみに後日送ってもらった新聞で確認したところ、順位は60位、目標をクリアすることはできませんでした。結構ショックです。問題は来年。再度50位以内を目指すべきか、下方修正するべきなのか…。

(次回「うみねこ大好き!」編へ続く


On Sunday, May 11th, Ms. N and I were in Hachinohe, Aomori to run Hachinohe Umineko Marathon. Although we felt that we had eaten and drunk a little too much previous night when we got up, we went to the morning market in katamachi, near by our hotel, to get breakfast as we last year did. We really enjoyed it last time and more this time, with a variety of great tasty fresh local inexpensive foods. It was really fun!

Ms. N’s aunt appeared at the hotel to pick us up, and then we moved to the port area for the race. The parking lot was almost full when we got there so we reminded this year’s Umineko Marathon had had 4731 runners as the largest number of participants in its history (It seems that they need to think about the space of parking lot if this competition keeps growing because we are basically supposed to approach there by cars; even the nearest station is far from there to walk, and port area is not unlimited).

It was cloudy and a little cold to enjoy race. We finally missed rain; still, I wished the weather was slightly warmer. I got tired than I thought I would be late in the race. Thinking about the noodle I would eat after finishing it kept me running.

My time, 1 hour 30 minutes and 13 seconds was about 5 minutes faster than last time’s one, however, 60th place for my age, under 40s was worse than last year’s 51st. I was really disappointed.

(To be continued)


posted by MasaMaru |19:35 | Traveling | コメント(0) |

2008年05月16日

八戸旅行 2008 その1/Going back to Hachinohe 2008 #1

hachinohe 2008

「おんでやぁんせ!八戸」

 と言うわけで先週末はN嬢と二人、彼女の実家でもある八戸に行って来ました。目的は、もちろん八戸うみねこマラソンを再び走るためです(詳しくはこちら)。距離はハーフ。昨年はほぼ1時間35分で完走、40歳以下男子の部でわずかに50位に届かなかったため、今年は50位以内が目標です。

 駅でN嬢の母、R子さんと合流。彼女と妹のS子さん(N嬢の叔母さん)の二人には前回も色々とお世話になったのですが、今回はお二人も3㎞の部で参加することになっていて、さっそく翌日の話で盛り上がりました。二人とも仕事があり、それでなくとも車がなければ不便な土地ですから、普段はもう200m以上は車で移動するんじゃないかという生活ですが、周りに驚かれたり呆れられたりしながらも、今回のために少しずつでも歩くことを意識し、実際にコースを歩いてもみたとのことで、なかなか順調に準備できているようでした。何より楽しんでいる様子だったのが良かったです。身体にも良いことですし。

hachinohe 2008 ホテルにチェックインをした後、R子さんのお薦めで八戸市博物館と根城(ねじょう)跡見学。写真は博物館前に建つ、後醍醐天皇の時代に甲州(山梨県)からこの地に赴任し根城を築いた南部師行(なんぶもろゆき)公の像。こちらの博物館では縄文時代を中心とした考古展示、江戸時代の八戸藩から現在の八戸市に至る歴史展示、土地の人々の生活や文化についての民族展示などを見ることができます。

 仕入れた知識で色々書きたいことはあるのですが、きりがないのでひとつだけ。八戸藩(1664年、南部藩は盛岡藩と八戸藩に分けられる)9代藩主・南部信順(のぶゆき)は(8代藩主の嫡子が亡くなったため)島津藩から迎えられた養子で、今年のNHK大河ドラマ「篤姫」では高橋英樹が演じている島津斉彬の大叔父に当たります。つまり、この時代、日本はほぼ南北両端を島津家の血で挟まれていたわけです。恐るべし、島津家。ちなみに成立以来、1871年に廃藩置県が行われるまで一度も領地替えが行われなかった藩は島津と八戸だけなのだそうです。


hachinohe 2008 一方、こちらの根城も築城以来、根城南部氏が秀吉に寄って遠野へ移されその役目を終えるまで300年間、一度も落城することのなかった名城です。現在は国指定史跡であり、日本100名城にも選ばれています。ボランティアのガイドさんによると、写真の門は当時の木材そのままだそうで、いったい何年前のものだか判らないとのこと。


hachinohe 2008 城と言っても天守閣があるわけではないのですが、まず公園として整備された広い敷地が綺麗です。そして本丸跡では再現された様々な建物内に入ることができ、当時の武家の生活や、日常に使用された道具や工具、武器なども細かく見ることができます。


hachinohe 2008 東門。正門です。主に城主が使用。泥が跳ねないように敷かれた白洲は、これも何と当時のもの。


hachinohe 2008 主殿。当主が来客と接見したり、さまざまな儀式をとり行うための建物と考えられています。

 全ての部屋をぐるりと回ることができます。茶室や祈祷の間などというのもありまして、なかなか面白いです。


hachinohe 2008 こちらは工房。武器や鎧の製作・修理の状況が展示されています。工房や納屋はどれも半地下のような造り。


hachinohe 2008 納屋で展示されている唐櫃(からびつ)。正面に描かれているのは南部藩の家紋「向かい鶴」。東北1部リーグに所属するグルージャ盛岡のエンブレムがこれですね。


hachinohe 2008 こちらは築城当時から生えていると伝えられる大イチョウ。樹齢不明。直径4m、高さは20m以上。裏側には雷が落ちた時の焼け焦げが残っています。

 撮った写真を全て並べて紹介したいのですが、きりがありません。見るべきものは多いです。一方、予算が付かずに復元されないままになっている場所もあり、当時も今も地方行政の財源確保は変わらず難しいのだと感じさせられました。


hachinohe 2008 おまけ。冒頭の銅像の馬のお尻。雀の焼印は南部馬の産地として栄えたこの地方で、その馬の出自(地区や牧場など)を示すもの。文字通りのbrandですね。


hachinohe 2008 おまけその2。郷土民芸品・八幡馬(駒)(やわたうま/ごま)。これも南部藩の鎮守・櫛引八幡宮の流鏑馬(やぶさめ)に奉納された南部馬の姿が元になっています。


hachinohe 2008 夜はこれもR子さんイチオシの焼鳥屋「三徳」で一杯。合流予定だったS子さんが別の用事で来られなかったのは残念ですが、ここは本当においしかったです(代わりに車の持ち帰り役も兼ねて御主人にソフトドリンクで参加していただきました。ありがとうございました)。


hachinohe 2008 お婆ちゃん二人が黙々と鳥を焼くこの店では、飲み物とおでんは客が自分で取ってくることになっていて、串も基本は“おまかせ”で、あれこれ注文をつけてはいけないようでした。一人、お姉さん(お婆ちゃん達と比べるとですが)がいて、事情に明るくない私達が店側とコミュニケーションを取るには、彼女と話をするしかないと思えました。


hachinohe 2008 客は皆常連といった雰囲気で、それぞれに慣れた感じで楽しんでいるようでした。串はとにかく肉の一切れが大きくて、たれの甘みと香ばしさがたまりません。

 ただここは煙が凄く、一旦店を出ると、焼鳥屋を丸ごと背負って歩いているような自分の匂いに驚かずにはいられませんでした。


hachinohe 2008 しかし細かいことは気にせず、徒歩で去年も行った「みろく横丁」へ。どの店もなかなかの盛況で、席がなく、それでも目当てのお姉さんと話すためならと(注:想像です)5月とは思えない寒さの中、外で飲んでいる男子の姿など横目で見つつ、とりあえず3人並んで座れそうだった「鳥将(とりまさ)」へ。写真はN嬢が店の外のメニューで心引かれた「トマトの天婦羅」。トマトをオオバで巻いて天婦羅にした見た目どおりの一品ですが、“外はサクサク中はジューシー”の極みで、昆布塩で食べたのですが、大変おいしかったです。


hachinohe 2008 こちらのオリジナルメニュー「ほやラーメン」。正直、ホヤはあまり得意ではないのですが、これは意外といけました。スープ全体にホヤの風味が広がっていることで、あの鼻に抜ける独特の匂いが緩和されるのかもしれません。塩ラーメンならぬ“潮ラーメン”といった感じでした。


hachinohe 2008 もちろん、これら以外にも地元の魚介中心に色々と飲み食いしているわけで、店を出る頃には明らかに食べ過ぎ、とても翌日レースに出るとは思えない状態でした。と言うか、そんなこと忘れていました。ホテルに戻ってコンサドーレの勝利を知り、気持ちが高まったところで少々後悔。途中で買って来たファブリーズを、着ていた物全てに徹底的に噴霧。入浴後、気休め程度のストレッチをして初日は終了したのでした。

(続く


On Saturday, May 10, Ms.N and I went to her hometown Hachinohe, Aomori to run the 27th Hachinohe Umineko Marathon following Sunday. We also ran this half marathon (21.0975km) race last year and decided to come back again because we liked the scenic but hard course very much.

Ms.N’s mother picked us up at the station. This time she also had been entered for 3km fun race with her sister, Ms.N’s aunt. This two mature girls trying surprised people around them because these ladies usually used cars to even move 500 meters. But after paying enter fee, they tried to walk as long and many as they could for the race and actually, they had already finished trial run. She said she thought it must be fun when she saw us doing that last year but what pleased me was it seemed that she was really enjoying it. First of all, it did well for their health.

We visited Hathinohe City Museum and remain of Ne castle next to the museum. We had much to see especially at the historical site, Ne castle, and learned many things on Hachinohe’s history and culture, how people lived and what things they had used in the age.

The statue standing in front of the museum is of Nanbu Moroyuki. He built Ne castle in 1334 and his family ruled this area called Nanbu until they were moved to other place by Tokugawa Iemitsu in 1627 and the castle never fell to the enemy during that, for almost 300 years. Now Ne castle became beautiful spacious park and also many things remains as it was over 670 years ago. The brand of sparrow on the rump of Moroyuki’s horse shows that the horse comes from Nanbu area where was well known for breeding good horses.

We also enjoyed the night of Hachinohe, eating, drinking and talking.

(To be continued)


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2008年04月13日

千葉日帰り旅行 その4/Day trip to Chiba #4

Day trip to Chiba


Day trip to Chiba 途中でほったらかしにしていた千葉日帰り旅行レポートの最終回です。すっかり時宜を逃がしてしまいましたが、よろしければこちらからどうぞ。

 佐原の町を後にしたバスが次に向かったのは飯高壇林跡(いいだかだんりんあと)。飯高壇林は天正8年(1580年)、日蓮宗の僧・教蔵院日生(きょうぞういんにっしょう)により開かれた妙雲山法輪寺(妙福寺学室)が同19年、徳川家康から飯高寺(はんこうじ)の名と寺領30石の寄進を受け、慶長元年(1596年)、初代化主(けしゅ)蓮成院日尊(れんじょういんにっそん)の代に講堂が現在地に建てられ基礎が確立したとされる、日蓮宗最古・最大・最高の学問所です。明治に廃壇とされてしまうのですが、現在の立正大学の前身でもあり、日本最古の大学でもあります。また、家康の側室・お万の方(養珠院)は後に講堂を寄進したほどの熱心な日蓮宗の信者であり、壇林と徳川家(後の幕府)の結びつきは浅からぬものであったようです。


Day trip to Chiba 写真は最初が総門、次が立正大学発祥の碑、右が壇林の中心である講堂です。講堂はその後の火災や修復で何度も姿を変えていますが、現在は平成9年から6年間に及んだ大修復の際、解体中に明らかになった創建時の様式をより忠実に再現したものになっているのだそうです。講堂の中は、当時の学生の名簿代わりの木の札が壁に掛けられていたり、葵と菊、つまり幕府と天皇家双方の紋が入った天蓋があったり、大変興味深いものでした(さすがに写真撮影は不可)。ちなみにここには卒業はなく、全過程を終了した後、成績上位者から順に全国の寺院へ住職として進んで行ったのだそうですが、それまでに36年(!)くらいはかかったとのこと。


Day trip to Chiba もっとも、突き詰めていくときりがないのが学問とか勉強と言うものではないでしょうか。ここには僧侶に化け、橋門伝八(はしもんでんぱち)という名で勉強していた狐の伝説があり、その狐が祭られているのが右の写真の古能葉稲荷神社(このはいなりじんじゃ)なのですが、学びたいことを学ぶ楽しさは知っているだけに、この狐の気持ちも解るような気がします。


Day trip to Chiba 右の写真は鼓楼。現在の学校におけるチャイムの役割を果たしていたものです。音源はもちろん太鼓ですが、面白いのは下半分、袴かスカートのように見える部分で、中に鐘が入っていて太鼓の音を反響させ増幅する仕組みになっているのだそうです。今で言うところのアンプやスピーカーのメカニズムなどそもそも解らないだけに、そのシンプルで理に適った発想に唸らされます。


Day trip to Chiba こちらは鐘楼。案内してくれた匝瑳(そうさ)市教育委員のお兄さんの話では、時を告げる他、不正外出など規則を破った学徒へのペナルティである“町内一周レース”のスタートの合図として打ち鳴らされることもあったそうです。ちなみに総門、講堂、鼓楼、鐘楼の4つは国の重要文化財に指定されています。


Day trip to Chiba しかし、それらの建築物以上に感動的だったのが、実は総門から講堂までに通る、神社の「もり」。「もり」とは当然「森」であるわけですが、そこに身を置いた時の、圧倒されながら同時に包まれる感覚、不思議な安心感には「守り」の字を当てたくもなります。木々の色彩や匂い、存在感が、総門の前に立って中を覗き込んだ瞬間からもう、迫ってくるような、誘うような。空気も全然違います。実際の清浄さとは別に、厳かな透明感があって。“旅は心の洗濯”とはこの日のバスガイドさんが言っていたことですが、間違いなく今回の旅行で最も心が洗われた時間でした。

(終わり)


After leaving Sawara, we visited the site of Iidaka-danrin. Iidaka-danrin is recognized as Japan's oldest university for priests of Nichiren-shu religion (Danrin means learning place in Japanese) in Edo period. It was established in 1580 by a Nichiren-shu high- priest Nisshou and given the name of Hankou-ji temple with its own territory by future Shogun Tokugawa Ieyasu in 1591. In 1596, the first principal Nisson built the auditorium at current place and it started growing larger and higher. For that, Iidaka-danrin could take advantage of one of Ieyasu's concubines Oman's religion. Once she even sent a new auditorium after first one burned in fire. And because Oman had come from Imperial family, Iidaka-danrin could be supported by the Imperial Court besides Tokugawa family. In the auditorium, it has a canopy painted both chrysanthemum and hollyhock, symbols of Imperial and Tokugawa Family, to show that.

Iidaka-danrin had been the largest and highest school until Meiji period came and old education system was abolished, and it changed to current Risshou University in Osaki, Tokyo. Now there is one of most important historical site of Japan and four of that, the main gate, auditorium, bell tower and drum tower, are important cultural properties.

Also there is a legend of a fox named Hasimon Denpachi that tried to learn with priests pretending to be a human and the fox is enshrined in Konoha-inari shrine built in the precinct. We heard that it took them 36 years to finish all courses there and the fox must know how it was worth trying. The great woods of this site were really beautiful and also had a kind of holly sacred atmosphere that evoked the thought from us. We felt really refreshed.

(End)


posted by masamaru |17:57 | Traveling | コメント(2) |

2008年03月29日

千葉日帰り旅行 その3/Day trip to Chiba #3

Day trip to Chiba


Day trip to Chiba 伊能忠敬は上総の国小関村(現在の九十九里町)の生まれで、17歳で佐原の伊能家に婿入りし、家業である酒造業の収入を飛躍的に増やします。49歳で商売を子供に譲り隠居し、50歳で天文学者の高橋至時(よしとき)に弟子入り、地球の正確な大きさを知るためから測量を始めます(とは言え50歳から勉強を始めたわけではなく、もともとあらゆることに興味を持ち、独学で広く知識を得ていたそうです)。55歳の時、ロシアに対する海防のため正確な沿岸地図を要する幕府と利害を一致させた師の計画により、第1次測量を北海道から開始、第4次測量で東日本を測り終えます。その実績をもって正式に幕府に登用され(つまりそれ以前は許可をもらって自腹でやっていたわけです)、以降は国の事業として第5次から第10次まで測量を行い、遂に全国を測り終えました(ラストは江戸の測量。第9次の伊豆諸島測量に忠敬は参加せず)。忠敬71歳の時。その総歩行距離は約35,000キロ、地球一周分に及んだそうです。こうして作られたのが「大日本沿海輿地全図」、通称「伊能図」。もっとも忠敬本人は最後の測量の2年後、73歳でその完成を見ることなく世を去り、地図は更にその3年後、弟子達の手により仕上げられました。


Day trip to Chiba というようなことを学べるのが、ここ「伊能忠敬記念館」です。まあ、上に書いてある程度はインターネットで「伊能忠敬」や「高橋至時」を検索すればいくらでも知ることができるのですが、ここに展示されている当時の学術書、実際に測量に使用された器具やそれらの使用法、スケッチといった豊富な資料、そして何より本物の伊能図の数々(伊能図には縮尺の異なるものの他、多くの種類があります)を直接見ることができたのは良い経験だったと思います。

 中でも伊能図の大図(1/36,000)と同縮尺の現在の地図を重ねた展示では、(当時の道具や測量の様子と並べて見られるだけに一層)その正確さに驚き圧倒されました。また、面白いところでは当時の海外の地図の展示、測量に係わる以前の忠敬の半生や、19歳年下の師、至時との交流について書かれたものも興味深かったです。測量中に土地の人と揉めた忠敬が至時にたしなめられ、事業完遂の重要性を説かれた話や、第4次測量の後、至時が病死、忠敬が心を痛めつつも地図完成の決意を固めるエピソードなど、まるで大河ドラマを見ているような気にさせられます。


Day trip to Chiba 惜しむらくは時間がなさ過ぎました。事実、全部をじっくりと見られていないばかりか、飛ばしてしまった箇所も少なくありません。ここだけで2時間が必要だったと思います。ちなみに右の写真で川(小野川)の向こう岸(東岸)、橋(桶橋)の手前が忠敬の旧宅で、記念館は川を挟んだ向かい側にあります。

(続く


Sawara is also famous for Tadataka Inou who made the first map of Japan lived there. The name of our tour buss, Hokusou Tadataka came from his name too (Hokusou means Ibaraki and northern Chiba prefecture in Edo period). Sanjiro Jinbo(Sanjiro is Tadataka's child name) was born in 1745 at Koseki. When he was 17, a brewer in Sawara, the Inous took him in marriage so he came to this town and changed his name to Tadataka Inou. He was not only a good sake merchant but also hard worker. He was interested in many things, especially, in astronomy.

When he was 49, he handed over his family business to his son and went up to Edo next year to study under an exceptional astronomer Yoshitoki Takahashi. They thought of the idea that surveying the land of Japan to know accurate separation between latitudes and between longitudes, and started it from Hokkaido. From 1755 to 1871, Tadataka surveyed all Japan and finished it on the 10th surveying. After the 5th surveying, Edo bakufu (government) licensed him to do that as a government plan because they had to know accurate coast line for defense against Russia. They finally walked 35,000 kilo meters long to finish their survey, however, Tadataka died in 1818 at the age of 73 before seeing his map. It was completed by his pupils in 1821.

We could see the map called Inou-zu and learn about their work and their age, how they drew the amazingly accurate map for that time without any help from computer or satellite and what kind of equipments they used, at Inou Tadataka memorial museum (The third picture is it. And Tadataka's house is in the forth picture, over the river, this side. These two architectures face each other with the river between them). We also could know about the relationship between Tadataka and his 19 year old younger teacher, Yoshitoki. It was really interesting!

(To be continued)


posted by MasaMaru |22:27 | Traveling | コメント(0) |

2008年03月26日

千葉日帰り旅行 その2/Day trip to Chiba #2

Day trip to Chiba

「お江戸見たけりゃ佐原にござれ、佐原本町江戸まさり」(と、写真の石に彫ってあります)


Day trip to Chiba 東薫酒造を出てからは、各自での昼食を含めた2時間ほどのフリータイムとなり、かつて“江戸まさり”と歌われた風景を今に残す佐原の町を散策。天気に恵まれたこともあり、楽しい時間となりました。


Day trip to Chiba“懐かしいような”と感じるのはもとより錯覚ですが、ここまで来ると実は私達にとっても異国情緒として魅力的なのではないかとさえ思います。これだけの古いものを維持し、新しいものと共存させて行くには、実際そこに暮らす人たちの苦労や努力が不可欠なはず。観光の目玉としての地域の財産であるとは言え、時に生活の利便性を犠牲にして、文化や歴史を伝える貴重な資料を残してもらっているわけで、感謝したいと思います(これからも頑張って下さい)。


Day trip to Chiba 写真の「桶橋」は、もともとは人ではなく水を渡すためのもの、つまり灌漑用水を川(小野川)の東から西へ渡すために桶を架けたものが、後に桶が箱形になり上に板が敷かれ、人も渡れるようになったそうです。水が流れる音から「ジャージャー橋」とも呼ばれているそうで、実際、定期的に流される水が観光客を楽しませていました。


Day trip to Chiba 下の写真のように古い造りの家や蔵を開放する形で、道具類や小物といった伝統工芸品を展示・販売しているところがたくさんありました。また町をあげてのイベント「さわら雛めぐりの期間中ということもあり、あちこちで様々な雛人形が展示されていたのですが、今回時間が少なく、あまり見て回れなかったのが残念でした。


Day trip to Chiba さて、佐原と言えば、わが国最初の実測日本地図を作り上げた人物、伊能忠敬の町としても知られています。この佐原での自由時間も(少なくとも私達にとっては)半分は「伊能忠敬記念館」見学のためのもの。あれだけ苺を食べたのにきっちり腹が減り(!)、鮨屋のランチで時間を費やしてしまったため、歩き好きの二人としては記念館をパスするという暴挙に出る案も出たのですが、入館料はツアー料金に含まれていることもあり、結局、散策の方を早めに切り上げざるを得なかったわけです。

(次回、伊能忠敬編に続く


After leaving Tokun Shuzou brewery, we walked around to see the old traditional beautiful town of Sawara. In Sawara, it seems as if we are in the Edo period. People have kept trying to remain their town old for the sightseeing revenue of Sawara; however, it also has kept and preserved many historical sites and cultural things. Many old houses and warehouses were opened for visitors. Traditional handcrafts and tools and small daily things are exhibited or sold there.

Sawara is also known for the town where Tadataka Ino who surveyed Japan and made accurate map first came from. So there are many places having names related to him there and it also has Inou Tadataka memorial museum. The entrance fee was included in this tour fee and actually we were looking forward to seeing there from first.

(To be continued)


posted by MasaMaru |23:55 | Traveling | コメント(0) |

2008年03月25日

千葉日帰り旅行 その1/Day trip to Chiba #1

Day trip to Chiba もう水曜日になりそうですが、先週末の話をします。土曜日、N嬢と二人でJRの日帰り旅行プラン「おいでよ房総/びゅう専用バス北総忠敬号」に参加して来ました。恒例の早起き、まずは眠い目をこすりつつ東京まで出て、総武線・特急「しおさい」で銚子へ。

 鹿島や水戸へ赴く際に馴染みの方角と距離も、手段と値段によってはこんなに快適で短時間の移動になるのかと、嬉しいような切ないような複雑な気分でした。

 意外とあっさりとした佇まいの銚子駅から写真の「北総忠敬号」に乗り、最初の目的地、東庄(とうのしょう)に向かいました(方角的には戻る形)。6人という乗客数に驚くも、途中の笹川駅で34人が乗り込むと聞いて納得したような残念なような気分になりつつ、ガイドさんの話に耳を傾けること30分。鹿島の三度の変遷(陸の孤島→一大臨海工業地域→アントラーズのホームタウン)の話は面白かったです。


Day trip to Chiba 笹川を出て間もなく磯山観光いちご園に到着。こちらでは苺狩り/アイベリー30分食べ放題を楽しみました。アイベリーは大きいものでは鶏卵くらいになるそうで、実際、三口で食べきれないイチゴというのは人生で初めてだったのですが、食べてみた結果、甘さと大きさの間に関連性はないようです(一番大きかったものは写真を撮る前に食べてしまいました。不覚!)。


Day trip to Chiba バスを降りる前に、15分くらいで満足して戻って来てしまう人もいれば30分で63個食べた人もいるという話を聞き、自分はどっちのタイプだろうと思っていたのですが、案外簡単にお腹いっぱいになってしまうもので、即売場を覗く時間も考慮して30分を待たずに切り上げました。ちなみに食べた個数は歳の数に僅かに及ばない35個。驚いたのがN嬢で、同じ時間でなんと52個を平らげたそうです…。


Day trip to Chiba その後、佐原市に移動、東薫酒造見学。

 麹の匂いに「かもしてるよ、かもしてるよ」と大喜びの二人。こちらは182年の歴史を持つ蔵元で、建物にも何とも言えぬ風格と赴きがあります。

 外観の写真を誤って消してしまったのは不覚その2(上の写真は貼り付けてあるHPから拝借しました)。


Day trip to Chiba 蔵のお兄さんに案内され、まずは2階へ。足下のタンク内で寝かせてある醪(もろみ:酒母(酵母)・麹・仕込み水・蒸し米が入ったもの)を覗き込みつつ、日本酒造りの行程について説明を受けます。興味深かったのは反し(かえし)についての話。この蔵では約一ヶ月醪を熟成させる間、日に2回、櫂で醪を反す(撹拌する)わけですが、実は醪は発酵過程で勝手に撹拌されていることが判ったのと、この作業が少なからず事故の原因になっていることから(醪が発酵中のタンクは空気が薄くなっており、落ちると大変危険とのこと)、近年ではこの反しを廃止する蔵も増えているそうです。


Day trip to Chiba こちらが階下。先ほどはこのタンクを上から覗き込んでいたわけです(通常は蓋がしてあります)。タンクの周りに巻いてあるホースは、温度調節に使われるのだそうです。つまりは水冷式なわけですね。


Day trip to Chiba こちらが醪を搾る設備。ここで、熟成された醪が原酒と酒糟(さけかす)に分けられます(写真手前のタンクに原酒が溜まる仕組み)。


Day trip to Chiba こちらは一世代前の圧搾機。船のように見える部分に醪を詰めた袋を積み、上から圧力をかけて搾ると、写真手前の掘り込まれた部分に据えられたタンク(写真では外されて逆さまに置かれていますね)に原酒が溜まる仕組み。

 一世代前とは言え現役で、基本的にはボタンひとつで均一な原酒が搾れる最新型に対し、熟達した技術と見極めが必要になる分、繊細な味の調整も可能で、現在この蔵では大吟醸を搾る時だけ使用されているそうです。


Day trip to Chiba 見学の後はN嬢狂気乱舞の無料試飲会と即売です。私は、日本酒はそんなに飲まないのですが、ここでは日本酒に対する印象が随分変わりました。それほど、何を飲んでもおいしかったです。中でも写真のどぶろく(これのみ有料。また今年はもう瓶詰めして売るほどの量は残っていないとのことで販売もなし)は衝撃的で、ヨーグルトにも似た甘さと清涼感、同時に紛うことなき米の酒としての存在感溢れる味わいには、思わず唸ってしまいました。


Day trip to Chiba 写真は2番目においしかったもので、自宅用に購入した22年熟成の原酒。こちらがまたとびきりまろやかなブランデーのような味わいで、ちょっと経験のないものでした。

 帰宅後、“凄くおいしいけど、蔵で飲んだのはもっと旨かったよね”などと言いつつ、22年かけて熟成されたものを小一時間で消費。罰当たりかもしれません。

(続く


Ms.N and I went on a daytrip to Chiba last Saturday. We left home in Yokohama at 6:20 early and moved to Tokyo to get on Express Shiosai to Choshi,Chiba. It was 9:30 when we finally arrived at Choshi and a red tour bus named Hokusou Tadataka had waited for us. There were only six people including us in the bus when it started but it finally increased to 40 after we picked up more tourists at Sasagawa on the way to our first stop, Isoyama strawberry farm. 

At Isoyama strawberry farm, we enjoyed picking up aiberry as much as we could eat in 30 minutes. "Ai" of aiberry means "love" in Japanese, so it originally means "love berry". We had heard that Aiberry could grow really big and we soon found it. We also found the bigger was not the sweeter all the time after gobbling up all sizes berries. It was really fun. Actually we felt stuffed before 30 minutes past. 35 berries were enough for me but what surprised me was my girlfriend wolfed down 52! 

After some shopping we got the bus to head for next place, Tokun Shuzou brewery (shuzou means brewery in Japanese) in Sawara. We saw and learned how they were brewing sake, what equipments and tools were used for that, and how they were doing their work really carefully and traditionally but they also have kept studying to make their works better in its 182 year history. It was really interesting!

However, what interested us more was sake tasting and shopping there. I usually prefer beer or wine or shouchu to sake but some of their sakes were totally different from what I had known. It tasted great! Especially, their doburoku (kind of primitive sake) was fantastic. It touched a little thick but sweet and fresh; still, amazingly, it was obviously sake made from rice! Unfortunately the doburoku was not on sale now so we bought a bottle of 22 year old unprocessed sake for home instead. It was also nice mild aromatic sake. Later, at home, it took us only an hour to drink the 22 years in the bottle!

(To be continued)


posted by MasaMaru |23:55 | Traveling | コメント(2) |

2008年02月04日

週末帰省/Weekend trip to Sapporo

2008 Feb Sapporo 先週末、土日の一泊二日で札幌に遊びに行って来ました。私にとっては久々の帰省、N嬢にとっては2度目の“彼氏の実家訪問”です。主目的は、彼女が去年からはまっているスノーボード。早朝、横浜を出発して午前中には実家着、そのまま裏手にある山に設けられた市民スキー場という名の斜面(注:リフトなし)で好きなだけ滑り、宿泊、翌日も朝から滑って、夜遅い飛行機で帰って来るという、安いパックツアーを利用したプランです。

 私自身はスノーボードどころかスキーですらもう10数年もやっていない状態だったので、まあ、弟の物か、昔自分が使っていた道具が残っていたらちょっとやってみようかな、くらいの気持ちだったのですが、何故か新品の道具が一式用意されておりまして(なんと父親が揃えてくれていました。私がこちらに戻ってきた後は自分で使うつもりもあったのだとは思いますが)、思わず初ボードをすることに。やってみた感想は…もともとの運動音痴に加えて、たかだか二日で何ができるようになるはずもなく、当然思うように滑れないフラストレーションばかりが溜まり、面白いと言えるものではありませんでしたが、積雪にも当日の天候にも恵まれ、久し振りに雪まみれになって身体を疲れさせるのは楽しいものでした。何より事実上“貸し切り”のゲレンデ(?)で、彼女が心ゆくまで滑れていたようなので良かったです(そして齢65にしてボードに興味津々、と言うか既に勉強も始めていて、やる気満々の父。尊敬します)。

Last weekend, Ms.N and I went to Sapporo and stayed at my parents place for her snowboarding and my family reunion. There is a hill having not so bad slope near by my parents' home and I have talked her how I used to ski there so she was really looking for it. What surprised me was it turned out my first boarding totally unexpectedly. I had not even skied for more than 10 years so I did not have particular idea to spend time but my farther sent me new board and also other instruments for it. He could plan that he would use it after we left though. My father never stops challenging new thing even he got 65 years. I respect him. Snowboarding was so difficult for me that it was a little frustrating; still, I enjoyed playing in snow after I had not done it for years. Anyway, Ms.N enjoyed that and it made me feel good. After that we also enjoyed drinking in Susukino.


2008 Feb Sapporo 夜はススキノに繰り出し、母親お薦めの「パレス 鳥よし」さんでおいしい料理とお酒をいただき(こちらの生ビールはクラシックですから。機会があったら行ってみて下さい)、ロビンソンの地下でお土産のお菓子を買って初日終了。そうそう、ススキノに観覧車があって驚きました(写真は六花亭の「ごろすけ」。左からホーホー、ピーピー、フーフーと名前が付いています。「白い恋人」はちゃんと翌日N嬢が買っていました)。

This is a picture of sweets having owl shape that we got fore home. I liked it.


2008 Feb Sapporo 日曜日、予定通り朝からボード。前日夜、やはり父親が買っておいてくれた本を読み雪辱を果たすつもり満々だったのですが…まあ、そう簡単に行けば誰も苦労はしないわけで(笑)。ただ、N嬢はこの一日で、素人の私が見ても明らかに判るほど飛躍的な上達を遂げました。来たかいがありました。

 二日目はさすがに疲れが速く、昼で切り上げ近所の旨いラーメン屋「大蓮」で昼食、帰り支度をし、お土産を詰めてもらった後、雪祭り前夜の大通り公園を抜けて札幌駅へ。右の写真は陸上自衛隊北部方面通信群製作「エジプトの遺跡」。

Second day, we boarded all morning. It seemed Ms.N completely got the hang of it.  After that we went to Odori Park where had been ready for Sapporo Snow Festival that started next day. We enjoyed seeing many snow statues on the way to Sapporo Station. This picture is “The remains of an ancient Egypt" by Ground Self Defense Force.


2008 Feb Sapporo こちらは同じく陸上自衛隊第11後方支援連隊製作「守りたい地球、子供達の未来」。細緻な技術が光る作品です。

This statue is also made by Ground Self Defense Force. The title is “The earth should be kept for our children's future”. It was really elaborate. It was really great work.


2008 Feb Sapporo そしてもちろん我らが「ドーレくん」。展示場内はまだ立ち入り禁止でしたが、おそらく今頃は多くのブログで公開された状態の写真がアップされていることでしょう。

We also found Dole-kun.


2008 Feb Sapporo 余裕を持って空港に到着、ビールの一杯でも引っ掛けながら搭乗開始をまつはずが、まさかこんな凡ミスによるトラブルが待っていようとは。5番線発の快速エアポートに乗ったつもりが、何と旭川行きの特急。岩見沢まで行ってから引き返すという失態を演じ、大幅に時間をロスしてしまいました(行き先表示に快速エアポートって書いてあったんだもん。降りてから良く見ればそれは旭川から来た時の分で、札幌発にはなっていなかったんですが。スペースけちって併記してないでいちいち変えなさいよ!←言いがかり)。恥ずかしい。東京側の雪で飛行機が遅れていて結果オーライでした。電車があるうちに無事帰って来られましたし、着いた頃には雪もやんでいましたし、日付が変わる2分前に豆まきも済ませられましたし。

What we got upset; we got wrong train from Sapporo and wasted an hour and half. We took totally wrong direction so we had to get off at Iwamizawa and turn back to Sapporo to get Chitose airport. However, Haneda airport in Tokyo had heavy snow at that time and many flights were delayed so it was no problem after all. And the snow had been already stopped when we got Haneda. So we can say we had a great time this time again.


posted by MasaMaru |23:41 | Traveling | コメント(5) |