コンサドーレ札幌サポーターズブログ

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2006年11月04日

ブログについて考える/A thought on blog

 鏡に映った自分の姿を自分だと認識するには非常に高い知能が必要で、現在これができると証明されているのは人間とイルカ、チンパンジーなど類人猿の一部、最近判ったところで象くらいだそうです。そしてこの能力は、自分が向き合っている相手を自分に置き換えることができる能力に関係し、その種に、より高いコミュニケーションの力を与えているのだとか。間をはしょりますと“自分がどう言ったら(どうしたら)相手がどう思うか(感じるか、あるいはするか)”を想像できることが、高度なコミュニケーションには欠かせないということです。

 相手を目の前にしていてすら、そうした特殊な能力がなければ難しいとされることを、いつからか、いかに相手との間にある物質的な距離(空間)を無視して行うかという方向で追求し、実現させてきた人間は、そう考えるとやはり凄い、と言うか、相当異質な種なのかもしれません(個人的には、おそらく考えることもなく音や声でそれをやってのけているクジラやイルカの類はもっと驚きですが。象が映る鏡はどれだけ大きいのだろうと思いますが、クジラがまるごと映る鏡があれば、きっと彼らも同じことができるはず)。

 ただ、技術的には物凄いそれらを、作りはできても理想的な形で使いこなせているかどうかとなると、いささか疑問です。いや、このことにかかわらず、人間というのはえてして自分達の身に余るものを発明しては、それをこねくり回してろくでもないことをしてしまう傾向にあるとは思うのですけれど。例えば今こうして私が利用しているブログというものも、要はそうしたコミュニケーションのツールのひとつなわけですが、これらネット上でのコミュニケーション(あるいは情報の共有)における、時間や距離(空間)を従来の概念から切り離す技術や、その最大の特徴とも言える匿名性がもたらす恩恵(意見や論説それ自体の平等化)にも、一方でわざわざネガティヴな活用法を見出し、そこに走らずにはいられないという。いや、それはコミュニケーションとか技術がどうこうではなく、もっと根本的な人間という種の性(さが)なのかもしれませんが…。

 何でこんなことを書いているかというと、そもそもはこちらでequipさんが書いていることに感ずるところがあったからで。いや、ここで自分のブログを書いたり他の人のブログを読んだりしていれば、誰でも漠然と感じていることだとは思いますが、なかなかここまでまとめたりはしないのではないかと。まず面白いと思ったのは、このオフィシャルブログの利用者(の印象)が、文中で大学生から小・中学生に格下げされている点です。つまりは幼いと。これが上に書いた私の“人間とその文明の間のアンバランス”という発想(と言うか、これも誰もが漠然とは感じていることだとは思いますが)とリンクしたわけです。

 そして、もうひとつはタイトルそのもの、オフィシャルブログを(小・中学校の)教室に例えた件。ただし、こちらに対しては私は少々異なる見解で、ブログというのは、(ネット上で言うならいわゆる掲示板のような)個人が出かけて行って集まる、そうした公共の場所とは違うと思っているのです。ブログはあくまでもそのブロガーのためのスペースであって、アクセスして書かれていることを読む人は、要は他人の家を訪ねる客のようなものだと。まあ、確かに“千客万来”の看板を掲げて門を大きく開き、少しでも多くの人を招き入れようとしていれば(それ自体の良し悪しは別にして)、“人の家の流儀が気に入らなければ黙って立ち去れば良い”というくらい簡単なことに気付かない困った訪問者もたまにはあるでしょう。また、頻繁に訪ねられ訪ねて行くという個人の間での親密な交流があって、その先にequipさんも言っている“仲間”や“グループ”ができていったとして、そこで(あるいはそうしたグループ同士の間で)生ずるトラブルもあるかもしれません。しかし、そこで起こっていることを整理したり調停したりする人をあてにできないのは、“悲観すべきこと”ではなく“認識すべきこと”だと思います。そこでは、基本的には、どのような問題も、自分のブログに持ち帰る(あるいは持ち込ませる)形でしか発展し得ないと思うからです(ブログを“家”に例えた以上、その上位のオフィシャルという括りから、このコミュニティは“団地”とか“マンション”に成り得、そうなると“先生”はいなくても“町内会長”とか“管理人”がいて然るべきではないのかという線でも一応考えてみたのですが、どちらも住人相互のトラブルに対して、そこまでの職業上の義務は持たないでしょうし…)。

 もちろん、(これもequipさんが言っている通り)そうした仮想現実世界の出来事がきっちり現実の人間関係の形成に影響している以上(現象としては面白いのですが)、むやみに軽視できるものではないのかもしれませんが。ただ、そうなっても最終的にはブログ自体をやめてしまえば良いわけで。無論その場合、明らかに間違っている相手に屈した形になってしまう悔しさは、どう考え方を変えても拭えるものではないですけれど。

 でも、ブログをやる意味って、何でしょうね?時にプライベートまで晒して。これを書くに当たって途中でそこに行き当たって、そこにきっちりとした理由も目的も持たないまま何となく始めて続けてきた自分としては、まるで人一人すっぽり収まる大きさの、しかし深い深い穴に落ちたような感じになってしまいましたよ。過去に自分の書いたものを読んでも、誰に向けて発信しているのか、誰に対しての呼びかけ口調なのか…。オフィシャルブログということで、ある程度読んでくれる人が確保されていると踏んで始めたのも確かですが、自分がそんなに他者による認識や評価を必要としているのかと考えると、ちょっと嫌な気持ちにすらなります。

 とは言え、いただいたコメントを読むと嬉しいのは隠しようもない事実で、特にウチはアクセス数が少ないうえ、それも半分以上は“覗いてみたけどつまらなさそうだから読まずに出て行った”場合や“Sapporo on my mindと見間違えた”というような純粋な誤操作によるものだと考えているので、少なくとも内容に目を通してのコメントは大変重い物として受け取っています(笑。いや、笑うところじゃないか)。しかし、何か明確な指針を持って書こうと心がける…。これは良いかもしれません。来季の目標にしたいと思います。

 最後になってしまいましたが、equipさん、自分のところのネタにしたうえ、読みに来て下さいと言っておいて待たせてしまったこと、ゴメンナサイ。ちなみに、「equip様、ごめんなさい」の回は、あの数センテンスと、equipさんのコメントだけで、アクセス数は当社通常比6倍強でした(爆笑)。私はテニスのことは良く解らなかったり、人間関係の話は読むだけでビビッてしまったりしてコメントをしないことも多いですが、また覗きに行きますね。

Human beings have invented many useful things so far. It is no doubt that we are more intelligent than other species and exceed them in some fields especially in changing or meddling with the environments and the lows of nature. However, we also always have had to struggle with many problems come from those inventions. Actually, people are neither mature nor careful enough to use their invention or technology sometimes. When humans found out new value or power available for other things, we usually think about only how they are useful or effective. So, negative meanings on that normally come to us later as problems.
	
When it comes on the internet or blog, we can write and read whatever we want and whenever we want. So it works really well for good communication but can not be without its problem too. We usually do not need to reveal who we are when we make comments on the internet or blog and it certainly works as kind of security and also it makes those opinions even. However, on the other hand, those guilty free nameless sentences sometimes can hart other writers or readers easily. People do that even though we are face to face. So we need to be more carefully when we can not see each other, but actually, we tend to be rather careless. The worse is there are people who fan it. They slander or attack others by mean way without giving their names. Any fair communications and debates can not be there with these people.

Everything has good face and bad face and unfortunately, human beings are capable for finding negative one as our history has shown. It can be our nature. However, we do not need so strict rule to make this kind of communication. We only have to think about what will be happened by own words before send it for other users. A little imagination is necessary for that. And actually it also protects us at the same time.

posted by MasaMaru |15:21 | Others | コメント(10) |

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この記事に対するトラックバック一覧
難しいね 【わたしのひとりごと】

HPを作るより簡単に開設できるブログというツール。私もその恩恵にあずかっている一人ではあるのだけれど考えたら、ネットだから誰でも見ることができる。開設した本人が望むと望まざるとに関わらず。自分と相性のいい人、趣味が合う人だけが見るとは限らない。自分の意に....

この記事に対するコメント一覧
Re:ブログについて考える/A thought on blog

突然のTB失礼いたしました。なおかつ、本家ブログへのコメント
ありがとうございました。
私のスタンスはあの文章のとおりです。
自分の思っていること、主張したいことを書くのならそれに対する
リスクにも自分で対応しななくてはならない、そう思っています。

posted by ゆり | 2006-11-04 20:40

Re:ブログについて考える/A thought on blog

はじめまして。
いつも楽しみにさせてもらってる数少ない?読者のひとりでしょうか?(笑)

ブログって、シンプルにいうと
何かを伝えたい、話を聞いて(読んで)もらいたいって気持ちを
誰もが手軽に表すことのできる手段なんだと思います。
それで、自分の心に留まることがあれば、コメントするし
見るには見るけど、コメントするまでは・・・
あるいは、コメントしたいけど、自分の中にそれに見合った表現力がない
といったこともあるでしょう。(全部、自分に当てはまることなんですが・汗)
今回は
>一方でわざわざネガティヴな活用法を見出し、そこに走らずにはいられないという。
事態に至ったようですが、そうですね、そういった事態も起こりうると覚悟の上で
取り乱すのではなく、何事もなかったかのように
そのブログの管理人の方か、もしくはブログ自体の管理者が
前者に了承済みで、ぱぱっと削除してしまえばよいのではないでしょうか。
たまたま、管理人の方より先に読者の方が目にしてしまうこともあるでしょうけど
その方も慌てず、騒がず、平静を装っているべきなのでは?と思います。
はじめましてなのに、長々と失礼しました。

posted by はりぃ| 2006-11-04 22:14

Re:ブログについて考える/A thought on blog

推敲しながら書いた文章だと思われるので、相当時間がかかったのではないでしょうか。
ゆりさんの言うように「ブログは自己責任」ということに尽きるのでしょうが、そう簡単なことではないです。
学校の話が出たので昔を振り返ると、悪事をはたらく同級生の問題を学級会などで取り上げた時に、これという解決策が見つからず、最後は本人の「自覚」で話が終わってしまう。
結局何も進展していなく、無駄な時間が過ぎていったというだけで、やり玉に上がった同級生は何も変わらない。
ならば、せめて自分のことは自分で守ることしか方法がなくなる。これはMasaMaruさんと同意見になりますよね。
大学生から小中学生に置き換えたのは、「ブログごっこ」というキーワードが頭によぎったからです。
遊びの世界に徹しているのであればそれでいいのではないかと。私はブログは「ごっこ遊び」の類だと思いますよ。
その遊びに私も参加しているわけですが…

「コンサの応援」という共通項があったとしても、ブログ参加者の人数分の色があります。
合う合わないは個人の選択ということで、ここでも「自己責任」になりますね。
ちなみに私のスタンスは「サッカーのある生活」がベースで、「コンサのサポーターだけど、普段はこんなことしてますよ」ということです。

MasaMaruさんの特徴は英訳されている所。
英語教育を何年か受けてきたつもりでも、ほとんど使えない私にとってはいい勉強になります。
冒頭のイルカ・チンパンジー・象の話も発見でした。

私はバーチャルな世界に徹しますので、今後ともよろしくお願いします。
テニスのことはともかく、人間関係など思うことがあれば遠慮なくコメントください。
年代や住んでいる環境でいろいろありますよ。
長々と失礼しました。
また遊びに行きます。

posted by equip | 2006-11-04 23:28

Re:ブログについて考える/A thought on blog

コメントありがとうございます。更に色々考えさせられました。

はりぃさんの言う“(シンプルに言うと)何かを伝えたい、話を聞いて(読んで)もらいたいって気持ち”やequipさんの“私のスタンスは…普段はこんなことしてますよ」ということです”の件には、自分がブログを書く理由も同じかなと思いました。ただ、どんな思想も主張も聞く人がいなければ語る意味はなく(今回の長文は思ったほど読まれていないようです)、では、ことさら読んでもらおうという工夫や努力もしていない自分のそれは、無意味な自己満足ではないのか…というところで悩んでしまうわけですね(今回、途中で真っ暗、あるいは真っ白になった理由もそこにあります)。

もちろん、“読んでくれる人だけ、一緒に考えてくれる人だけ来てくれれば嬉しい”という姿勢は、ゆりさんも言うような“リスク対応(回避)”として機能している面もあるとは思います。自分達のやっていること、equipさんの言葉を借りれば“ごっこ遊び”の許容範囲への共通理解を前提として楽しめる分。ただ、そうした安全や平穏への前提が崩れたところからの話となると、“ルールを無視する者への対応(対処)”は難しい。そのルールが、暗黙のものであればなおさら。

またしてもequipさんが興味深いことを仰ってますが、学級会の話、先生があてにならない=いないも同じとすれば、確かにそうしたブログの現状(形態ではなく、陥っている状況自体)は、困っている学級に当てはまるかもしれません。いや、あれはあれで学ぶところはあるのですけれどね、社会はこういう風に全てをごまかしていく場所なんだと気付き、結局は自分で自分を守るしかないんだと知る…といったように(そこから一歩進んで、ではどうすればそうならなくなるかと考えるのが非凡な人間だと思うのですが。私は凡人なので)。ただ、では“人に迷惑をかけてはいけない”という点を、迷惑をかけている当事者に自覚させ、場合によっては(根拠や必要性を示したうえで)制裁することを誰がするのかということになると、そこに求められるのは、警察的存在であり司法的存在になってしまう。“ごっこ遊び”でそこまでしなきゃならないって…何処まで未熟なんだろう、って話ですよ。

結局は不完全な(それどころか間違った)個人主義の浸透がいけなかったんでしょうか。何だか話が広がり過ぎてるので、もう止めますが…。

最後にequipさん、英文への言及、嬉しかったです。厳密には英訳じゃないんですけどね。最近特に、英文の方は要旨だけ書いたりしてますし、実は日本語文とは違うことを書いてたりもするんです。う~んと暇な時は読んでみて下さい。では。

posted by MasaMaru| 2006-11-05 12:28

Re:ブログについて考える/A thought on blog

こちらにコメントさせてもらってから、もう少し考えてみたのですが・・・

>迷惑をかけている当事者に自覚させ、
MasaMaruさんが鏡に例えた言動、は
ブーメランのようなものでもあるかなと思っていて。
“自分がどう言ったら・・・”を想像することも、もちろん重要ですが
逆に、自分がそう言われたら?etc.と、自分に置き換えられるようになると
自分も、周りも、傷つけないようになるかな、と。
今回の事態を引き起こした当事者は
誰より、自分を傷つけているのではないか、と思います。
当事者はそうしたことで、今、は満足しているのかもしれませんが・・・
第三者のわたしからすれば、カナシいひとだな、と。
(可哀相、という言葉はすきではないので)

>ことさら読んでもらおうという工夫や努力
工夫はされているのではないかな、と感じますが(笑)
実はひそかに?MasaMaruさんふぁんで、どっかこっかで
MasaMaruさんのカキコを見かけると、愛嬌のある方だなぁと思うのですが。
(男性に、愛嬌があるというのは失礼でしょうか・汗)
ひとつ提案ですが、多くの方に読んでもらうには
J.B.Antennaに登録されるとよいのではないでしょうか?

posted by はりぃ| 2006-11-05 15:25

Re:ブログについて考える/A thought on blog

私もせいぜい半年くらいのブログ暦ながら「そういえば何をやりたいんだろう」って思うこともあったなあ。

芸能人でもあるまいし「この週末はこんな事やりました」なんて書いても興味を持つ人はいないだろうし、自分の為の記録だとしても一応公開するからには全て真実を書けるわけじゃないしなあ…なんて。

まあ私のところは会員限定だから、友人と連絡をとりあえるって事と、実際口にだしてはなかなか言わないような思いも言ってみたりできるって事がメリットかな

そんな状態だからmasamaruさんのブログを見て初めて「そんな事もあるんだなあ」と思いました。

>明らかに間違っている相手に屈した形になってしまう悔しさは、どう考え方を変えても拭えるものではないですけれど

個人的に知り合いの私としてはmasamaruさんがこういう悔しさを手放すのが苦手な人なのがよ~くわかる!!?

私もすごくそういうタイプなんだけど、ある時本で「自分の撒いた種は必ず自分で刈り取るもの。良い事をしたなら良い結果が、悪いことをしたら悪い結果が必ず自分に返ってくる。だから悔しい思いをするような事があったとしても、そんな事をした人にはこちらが手を下さなくても必ず自分のした事の尻拭いをする羽目になるものだ。いくらこちらが被害者でも、仕返しをしてしまうとその結果が自分に返ってくる。裁きは天にゆだねておけば良いのだ」的な内容に出会ってからは、すごく楽になったよ。

はりぃさんが書かれているブーメラン効果も同じことかな?

>わざわざネガティヴな活用法を見出し、そこに走らずにはいられない

本当にそうだね。何故なんだろうね。残念な事です。
反撃するチャンスが下手にあるとエンドレスな連鎖にはまりそうだから、やっぱりこれでいいのかもしれません

確か昔、イルカにはネガティブな感情が無いと聞いたことがある。
イルカになりたいな

posted by さひーと| 2006-11-06 17:29

Re:ブログについて考える/A thought on blog

度々ならまだしも?三度の登場するのは、少々迷ったのですが・・・
MasaMaruさんの『武蔵小杉でリベンジ』エントリの
“今苦しんでいるんなら、それは苦しむことが必要な時期だからだよ”
“何かを学ぶのに、遅いということはありません”
この2つの言葉に共感し、MasaMaruさんとさひーとさんって
男女の垣根を越えて素敵な関係を築けているのだなぁ、
そういった関係に少しあこがれたりもして(笑)

さひーとさんの引用は、まさしく過不足なくわたしの云いたかったことそのもので。
だけど、最後の一文はちょっと胸を締めつけられるような、あこがれ、でしょうか・・・

posted by はりぃ| 2006-11-08 10:28

Re:ブログについて考える/A thought on blog

はりぃさん、

何度もありがとうございました。このオフィシャルブログだけでもこの有様ですから、他のブログに手を出すのは難しいかと。ここを止めて新しい世界が開けた場合、それはそれで時間がなくなるやもしれず。私は緩やかな人生時計を持ちたい方なので。ブログは今後もコンサドーレ札幌の応援の延長として続けるつもりです。良ければまた覗きにいらして下さい。

なお、私同様に我が師を慕う弟子は、主に首都圏に多数いる模様です。私、こういう人との出会いには割りとツキがあります。ウチの彼女とかね。交流範囲は狭いのですが、その中身は少数精鋭と言うか一騎当千と言うか(ちょっと違うか)。totoが当たらないわけだ。

さひーと様、

>芸能人でもあるまいし…

そうそう!時々ふっとそう思って、フッてなっちゃうんですよね。でもmasterとの間では“ほぼ定期連絡装置”として機能しているから良いか。

イルカですが、強いストレスを与え続けると自殺を試みたという実験結果もあります。しかも息を止めて。これは人間以外ではイルカだけ。映像を見た時は“なんて酷い実験を…”と思いましたが(でもその博士は本当にイルカを愛していて、イルカが動物兵器として利用されるような状況をなくすためにもその素晴しさを証明したかったのです)。サルなど、死んだ我が子を認識できないほど動揺していても餌は食べますから。個人的にはイルカは少なくともチンパンジー以上、いや、あるいは人間よりも上のクラスの生き物だと思っています。彼らが何故我々のようにならないでいられたかは、やはり海から上がらなかったことが大きいかもしれませんね。

posted by MasaMaru| 2006-11-10 07:58

Re:ブログについて考える/A thought on blog

MasaMaruさん、こんにちは。
J.B.Antennaというのは、“ブログを更新しましたよ”っていうのを
自動的に知らせてくれる、オフィシャルブログでいうところの
最新更新順ブログリストに当たるものかと思われます。
って、じぶんもよくわかってないんですけど(汗)
でも、コンサドーレだけじゃなくて
Jリーグの他チームのブログの更新状況もわかるので
一度、ご覧になってみてはいかがでしょう?
http://jb-a.net/consadole.html

もちろん、これからも覗きに来させてもらいますよ(笑)

posted by はりぃ| 2006-11-10 12:47

Re:ブログについて考える/A thought on blog

うへっ。mixiみたいな他のブログのことだと思いました。お恥ずかしい。更なる情報ありがとうございます。

posted by MasaMaru| 2006-11-11 22:57

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