2008年07月12日
コンサドーレ札幌万歳 10年の歩み(2) 試練
初期の頃は何も知識がなく、アクセス数も微々たるものではありましたが、それでも、ただ作っている、それだけでも十分楽しいものでした。 開設当初、「半年で3000HITもあれば上出来だなあ」と思っていたものも、まあ何とか達成できました(ま、カウンターの仕様や性能が、今のおひさるブログとはかなり違っているので単純に比較はできませんが) ただ、作っている段階でもう何となく予感はしていましたが、1999年春から自分の職場環境が激変しました。転勤です。行き先は大曲支店。 仕事が物凄く忙しくなる、ということもありますが(実際忙しかったです)それ以上に、例え1日数分であっても、ホームページの更新に時間をかけることさえ、あまり好ましい状況ではありませんでした。開設から半年。自分のホームページは、世間的、というよりはむしろカイシャ内の方で広く知れ渡ることになっておりましたから。 なので、転勤から1カ月余り、「8月7日、晴れ」は更新停止、という形を取ることになりました。掲示板を閉じ、コンテンツ更新も止め、しばらくの間(数年ほど)放置したまま、ということになっておりました ********** 物理的な忙しさも問題でしたが、それ以上に、当時のインターネット環境にも不安を抱えていました。 この10年でネットをめぐる環境は激変しました。今でこそ、日本の大半の地域では光ファイバー、CATV、もしくはADSLで高速回線が定額制で使い放題、という状況にありますが、当時は、ダイアルアップによる従量制がアタリマエの時代。つまり、ネットを使えば使うほど、NTTの電話料金がかかりまくる、という状況にありました。 もちろん、当時もテレホーダイという、深夜のみ定額で使い放題というサービスはありました…が、そうは言っても、それも、秋田市に向けて市外通話しているのと、大曲の市内通話では料金にも違いがあったことから、当時ホームページやネット接続などに使っていたインターリンクだけでなく、so-netにも加入するという措置もとっておりました。 ま、実はその後、おばこネットという大曲市にあるローカルプロバイダーにも加入するんですけどね。so-netはさらなるこの先の転勤にも備えた措置にすぎず、結局大曲市にはプロバイダーはなかったですから。 で、そんなこんなで、この期間、更新らしきことはほとんどできていない状態でした
posted by kaz8 |21:34 | 雑記系 | コメント(0) | トラックバック(0)
