2017年04月25日
埼玉遠征記・旧新橋停車場他
旭川空港から羽田に飛びました。4月は安くて7,790円しかしないんですよ。安いうえに空いていてゆったり座れました。最高です。ちなみに、搭乗前日に機種変更のお知らせメールが来て、767から737に変更だと思い、せっかく非常口座席なのに狭い座席になり、しかも定員が半分くらいの機種だからぎっしり乗って窮屈かなと心配したんですが、767-ERから767-300への変更で一安心。 定員は1人減るだけなので空いているのは変わらないし、非常口座席ではないけど、前の座席が空いていました。 前の座席に整髪料のきつい人が乗っていると辛いですから助かりました。 羽田に着陸。以前はあまり使用してなかったB滑走路に着陸しました。左端はC滑走路。年々、羽田を離発着する便が増え、B滑走路を使うことが多くなったようです。久しぶりにモノレールに乗りました。羽田から千葉や横浜へ行くことが多かったので、このところいつも京急でした。京急が羽田に乗り入れる前はモノレールの混雑がひどくて、よくリムジンバスに乗ったものです。 特等席に座れました。まもなく浜松町。新幹線2本と山手線、京浜東北線、モノレールの5本も同時に見れました。大門(浜松町)から汐留まで大江戸線に乗ります。大江戸線はリニアモーターなので線路中央にリアクションプレートがあります。 大江戸線は55パーミルの急こう配があるのと、トンネル断面を小さくできるメリットからリニアを採用しました。 地下鉄は外の景色が見れないし、この場所は確保したいものです。汐留駅ですが、奥の線路は浅草線との連絡線です。リアクションプレートはありません。大江戸線の車両のメンテナンスは浅草線の馬込車両検修場で行っているからですが、浅草線にはリアクションプレートがないので電気機関車で牽引します。 汐留で降りたのは、かつての新橋駅を再建して資料館になっているのを見るためです。こちらは1872年に開業したときの写真。 現在の新橋駅の300メートルくらい東にあり、1914年の東海道線の新橋・東京間延伸の際に新橋駅は現在地になりました。当時のプラットフォームと線路を再現していますが、レールは当時のが新潟に存在していて、こここに戻っています。よく残っていたものです。なお、建設当時のプラットフォームは1934年に取り壊してしまいました。 1872年から62年もたっていれば、歴史的価値があると思わなかったのかな。残念です。 なお、駅舎は関東大震災で焼失したので仕方ないです。 発掘されたプラットフォームの一部。発掘された駅舎の基礎石。欲を言えば、開業当時と同じように待合室やキップ売り場などを再現してもらいたいものです。
posted by かもめ |07:18 | 鉄道(船舶・航空機等) | コメント(0) |