2008年12月23日
征也が25番のポスターが駅に
用事で浜頓別へ行って来ました。 近文駅のポスター、征也が25番になってました。浜頓別からの帰りは音威子府から旭川まで特急サロベツ。サロベツの指定席はコンセントがあるのと、ピッチ(前後の間隔)が広いです。 (コートかけのフックがない席があったりしますが)老朽化したキハ183の1500番台ですが、ピッチが940mm(韓国の新幹線の930mmと同じくらい狭い)から1040mmに拡大したので楽ですね。 ちなみに、スーパーカムイは980mmです。旭川駅の2・3番線ホームではラーメン(700円)が食べられます。山頭火がプロデュースしたとか。 もちろん冷凍ではなく、生の麺を注文受けてから茹でます。 駅の立ち食いラーメンは道内ではここだけだそうです。 やっぱり今日も食い物の話になってしまった (笑
posted by かもめ |19:05 | 鉄道(船舶・航空機等) | コメント(5) |
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この記事に対するコメント一覧
やはり麺と試合は生に限る!
サロベツの先頭車の雪塊は北海道らしいですね。音威子府まではバスだったのでしょうか?
>駅の立ち食いラーメンは道内ではここだけだそうです。
駅の立ち食いラーメンで最初に思い出すのは博多駅のラーメンです。典型的な博多の味で
すが当然麺は生麺です。普通のラーメン店同様に細打なので1分半で茹で上がりますが、
博多の人は食べながら軟らかくなるのがイヤなのか多くの方が「カタ麺で」と注文します。
これはだいたい1分茹ででオオドサもこれにします。さらに「バリカタ」と言う人もいて
30秒程度でカタカタ麺になります。さらにさらに「針金」と注文すると10秒以下の
湯通しに近い状況で出ます。小麦粉臭くて食べられないのでは?と心配してしまいます。
http://pics.livedoor.com/u/miss_ann/3050226
阪神野田駅構内では生麺のうどんを出す店があります。ごく細で2分で茹で上がりますが
うどんと言うより冷麦の少し太いヤツ感覚です。
http://ameblo.jp/suisendo/entry-10109888080.html
posted by 大阪の道産子 | 2008-12-23 19:54
Re:征也が25番のポスターが駅に
先頭車ではなく、最後尾です。
後ろ側は負圧になるので雪が着くのです。
音威子府までは知人に送ってもらいました。
以前は浜頓別まで鉄道があったけど、天北線が廃止になってもうすぐ20年です。
博多駅のラーメンは450円ですか。
立ち食いで700円はひどいもんだ。(カニ一匹入っているわけ?)
posted by かもめ| 2008-12-23 20:18
価格は適正に
>後ろ側は負圧になるので雪が着くのです。
そうでしょうね前がアレだとえらいことに・・・。でも天北線は長大路線だったから
廃止前の取材を思いだしました。(シミジミ)音威子府ソバもネ♪
※以下の記載は全て架空のものです、実在する団体・個人等とは何の関係もありません。
西 大伍「カニも入っていないのに立ち食いで700円はひどいもんですねェ」
中山元気「それでは店舗苦戦するだろう」
posted by 大阪の道産子| 2008-12-23 20:34
昭和は遠くなりにけり
>天北線が廃止になってもうすぐ20年です.
学生時代に友人と一緒に江別から稚内まで夜行で行って礼文島を回った後、帰りは翌年に廃線が決まっていた天北線に乗ってきましたが、それが1987年ですから確かに今年で20年ですか。
同じく1988年(昭和63年)で運航止めた青函連絡船と同様に昭和は遠くなりにけりですね。
posted by EBT| 2008-12-23 22:21
天北線
天北線が廃止になったのは、平成元年(1989年)5月1日でした。
浜頓別の駅舎は私が開業準備している最中の91年9月に解体されてしまいました。(かもめ歯科は91年10月16日開院)
音威子府から稚内までの鉄道は、中川・幌延・豊富ルート(現在の宗谷線)よりも浜頓別・猿払ルート(つまり天北線)の方が先に開通したのですが、浜頓別に板垣退助の農場があったため、つまり、我田引鉄だったようです。
でも、浜頓別まで開通する3ヶ月前に板垣退助は亡くなりました。
posted by 我田引鉄| 2008-12-24 18:59