2011年07月12日

リーダーの条件

今日、会社で、「リーダーorマネージャーはこうあるべきだ」
みたいな、講演会に出席させられた。

でも、そんな話を聞いて、
「なるほど、そうだ〜」
と思ってる時点で、リーダーの資質はどうなんだろ?と思ってしまった。

だって、組織によって状況は千差万別で、決まった答えなんてないんだと思う。

そういうことを、講師に言ったら、講師本人と周りからバッシング食らっちまった。
でもな〜。
ドラッガーとか、そんな本が100%正しいのかな?
迷いながらも、自分の正しいと思った道を進むのもいいもんだと思うよ。



【スゲーな、おい!】シンプルだけど詰まってる
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posted by すいとこびっち |23:21 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(2) | トラックバック(0)

2011年06月03日

続 ・ 時々言葉の妙

学生時代に友人に聞いた話。 

確かすすきのの喫茶店サンローゼ(まだあります?)での話だったかと。 

彼が一人で、お茶してると、隣の席で、何やら、雲行き悪い雰囲気が。 
どうも、営業マンさんが、納期のことでお客さんに怒られていたらしい。 

事情はわかりませんが、平謝りに謝っているのはご年配。
一方の怒り捲ってるほうは、若僧らしい。 

古いかたは、知ってると思いますが、ドラマ不揃いの林檎達で、時任三郎が就職した先にいた、性格悪い生意気な社長の息子みたいな奴だと、彼は言っていたが。

その若僧の言葉使いが、まあ、人を人とも思わないような言葉使いだったらしい。 
いくら怒ってたって、社会人としての礼儀ってもんがあるだろっ!
しかも相手は父親くらいの年配だし。
と、かなり憤慨しながら聞いていた友人。 

さんざっぱら、なじる責めるの挙げ句、その若僧、最後通告よろしく、決め台詞を吐いた。

それが、コレ。
 ↓
「もうこれ以上は、待てない!
 兎・に・角、この件は、今週の土曜日、
 いいか、覚えとけよ、今週の土曜日が、 
 ・・・・・・・・・・・
 メリットだからなっ!」 

友人「(・◇・)? 飲んでたコーヒー、ブッファー!」 

そこは、リミットだろ〜、メリットって、今週の土曜日シャンプーか?シャンプーなのか?
え?それとも何かいいことあるのか?
覚えとけって、それは絶対忘れないわい!
笑いを堪えるのに必死だったそうである。 

まだ友人は良いとして、可哀想なのは若僧に怒られてた営業マンの方だ。
だって、真向かいだぞ。
しかも、立場上、ずぇったいに笑えない立場にいるわけで、彼にとっては地獄のような仕打ちだったに違いない。

「いいか、わかったな。」と言って、若僧から解放された後、
その営業マンには、文句を浴びせられた分の数十倍もの至福の笑いに浸れたことでしょう。 

しかし、「リミ」と「メリ」・・・・・う〜ん、プププっ。


良かったよ〜、大伍〜。【初代表、ペルー戦】
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2011年05月31日

時々言葉の妙

スパゲッティナポリタン。 

ナ・ポ・リ・たん♪。
 
って書くと、なんか、友達みたいで、親しみが沸くなあ。 

私だけでしょうか? いいえ、誰でも。


爆笑!サンフィレッチェ広島ユース。 
何でだろな?【岡山戦】
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posted by すいとこびっち |23:15 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(2) | トラックバック(0)

2011年02月27日

カレーうどん、そばのこと

私、ときどき思うんですけどね、
「セントラル政府」と「パシフィック政府」を作ってですね、政党じゃなくて、政府ごと国民が選択できるようにしたらどうかと思うんですけどね。
そしたら、内輪もめしたり、政権あらそいばっかしてるようなセントラル政府は、パシフィック政府にとられちゃうんで、もっとまともな政治やるんじゃないかと・・・。

どうでしょうかね。

話は変わって、

スープカレーの元祖と言えば?、そう、何と言ってもカレーうどんでしょうか。(ちゃうか?) 

久々に立ち食いそば屋でカレーうどんを食いました。
普段は、月見そばなのだが、この年末の休日出勤という非日常の連続が、ある日、カレーうどんという非日常へと私を駆り立てたのでした。

実に小学生以来約40年ぶりである。

当時食べたのはカレーそばだったから、もしかしたらカレーうどんは初めてかも知れない。 

カレーそばを初めて食べたのは、帯広の駅前。
駅から向かってロータリーの右側にあったんだけど、今はどうなっているのかな。
かすかな記憶によると、当時60円だった気がする。
確か、店の外壁に60円って書いていた。
友達と二人で入った後間もなく90円になってたような覚えがある。 

今、京浜急行川崎駅のカレーそば、うどんは420円である。

考えてみると、当時、60円で買えるものと言えば、コカ・コーラとボールペンの時代。
コーラと同じ価格だったことを思うと、「速い、安い」という印象の強い立ち食いそばも、今は、決して安い訳ではないのだなぁと、カレーうどんにちょこっと哀愁の念を懐いた一日であった。

そのせいか、最近は、ちょくちょく、カレーそば、カレーうどんを注文している。

ただ、それだけの話なんですけどね。


2011年、私のサポーターズスローガン
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posted by すいとこびっち |14:04 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(5) | トラックバック(0)

2010年12月31日

すいとこびっちの進化論

生物の進化とは何か?

平城京遷都のことから、
「朝、起きたら、我が家では、必ず一時間ジャンプしながら、手をばたつかせること」
を家訓としてる家は、1300年たった今、その家だけ羽が生えて空をを飛べるようになるだろうか?
進化とは、そういうものなのであろうか?

ただ、漠然と考えていただけのある日、突然ひらめいたことがあった。

それは、物理化学における熱力学第ニ法則である。
第一法則というのは、有名なエネルギー保存の法則。
第二法則は、エントロピー増大の法則とも言われ、はっきし言って物理化学の本と真っ向勝負して理解しようとすると、とても難しくて、5回くらい勉強したことがあるけれど、未だに正攻法はさっぱりわからない。
でも、ブルーバックスに分かりやすく書いている本があって、エントロピーというのは、乱雑さとか無秩序のことであって、
ほれ、机の周りが書類が山積みになって、きっちゃない人って、いるでしょ。
そこのあなたですよ。
仕事が終わるたびにちゃんと片付けるっていう、エネルギーを加えていかないと、どんどん、乱雑になってしまう。

これが、熱力学第二法則であり、エネルギー活動の根源のひとつなわけです。

で、このエントロピー増大の法則が進化の源なのではないかと、ある日、ふと思いついたのでした。

すなわち、遺伝子も遺伝の過程で、エントロピー増大の法則に支配されて乱雑さを増そうとする。

その乱雑さは、エントロピー増大の法則に支配されているのみで、進化したいという目的があるわけではなく、全くの無目的であるから、必ずしも人間の生命活動にそぐわないばやいもある。
そして、そぐわないものが、悲しいことに奇病とか奇形とか、難病といった形で我々の目の前にあられているのではないかと思われる。

その中で、生きることに不便ではない変化のみが生き残り、更に乱雑さと淘汰を繰り替えして環境の変化に生き残れた遺伝子の変化が結果的に進化と言われる状態になったものなのであろう。

つまり、環境が変わったからそれに対応して進化したのではなく、環境に無関係に乱雑さを増している遺伝子の中でたまたま環境の変化に見合ったものが生き残ったということなのだと思ったわけです。

これを、すいとこびっちの進化論と名付けて、ここに記しておいたら、誰かが見つけて、ノーベル生物学賞をくれるかもしれないのでブログに残しておくことにしました。
いや、もし誰かが同じ学説でノーベルを貰った時、このブログの日付を証拠に、「俺のほうが先だぞー」と主張して賞金もらって、コンサにフキするのである。

小学校のころ、世界地図を眺めていて、アメリカとアフリカって昔はくっついていたんじゃないかって、ずっと思ってたんだけど、小松左京の「日本沈没」でもう何年も前にそれを見つけた人がいたことを知ってガックシ来た人って結構いませんか?
僕もそうだったんですが、要は、誰でも考えそうなことでも、先に言ったもん勝ちだから、突拍子もない理論でも、どっかに書いておいたもの勝ちですよ〜。


ところが、ある日、インターネットで熱力学第ニ法則を調べたら、進化論との関係はもう大分前から議論されているらしいことがわかりました。
ただ、読んでみると、どうも、なんだか、私の考え方と全く逆のことを言ってるみたいですね。

ん、これは、やっぱ、凄い学説かも知れませんよ。

というわけで、

サッカーの話に無理やり持っていくわけですが、

チームが進化するためには、言われるままにプレーするだけではダメで、いろんなことを試してみるその中からチームにあったものが進化となって現れるのでしょう。
  ↑
これも、ノーベル賞もらえるかな?

posted by すいとこびっち |08:43 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(2) | トラックバック(0)

2010年11月26日

ありてなければ

最近、「モチベ」と聞くと「もちベーコン」な私ですが、皆様いかがお過ごしでしょうか?

絵心の無い私であるが、安藤広重や、葛飾北斎は結構好きだったりする。
彼らの絵は、じっと見てると動き出すんですよね。

たとえば、広重の東海道五十三次、( ほれ、永谷園のお陰で一躍有名になったやつですよ ) の「庄野の白雨」なんぞは、降りしきる雨の音や、冷たさ、「こりゃたまらん」と急ぐ旅人の動きが生き生きと伝わってくるし、

北斎の「西瓜」・・・半分に割った西瓜に濡れた紙が掛けられ、傍らに包丁が添えられた此方は静物画であるが、紙から透ける西瓜の赤がみずみずしさと涼しさを感じさせ、白く垂れた紙が、今にも風に棚引きそうな躍動感を感じさせるんですね。 

先日(横浜FC戦)で、こちらの方から岡本綺堂の随筆を戴いたのですが、とても感銘を受けてます。
(すみません、ちなみに、僕のこと書いてくれたとこ、記念に引用してます ^^;) 

情景を描写する言葉が、実に繊細で美しいんです。 

いきなりの出だしが、
「今日もまた無数の子猫の毛を吹いたような細かい雨が、磯部の若葉を音もなしに湿らしている」ですから。

ちなみに、この磯部は群馬県の磯部温泉の磯部で海辺ではありません。「舌切り雀」のお話の発祥の地で、ここの「雀のお宿」という旅館はおすすめですよ。

 読んでると、本の中の情景が広重や北斎の画風となって動きはじめていることに気付きます。 
不思議です。使われている単語自体は、僕らも普段使う単語なのに、組み合わせ次第でこれ程までに美しい絵となることが。
普段「すんげぇー」だの「うりゃうりゃうりゃ〜」だの言ってるのとは、段違い平行棒です。 

普段あまり本読まず、読んでも科学と歴史の本だったりする私としては、文章そのものに感銘を受ける本というものに初めて触れた思いがします。 

あ、そんな本を一つ思い出しました。
 
「ありてなければ」という題名の一文です。
内容も誰の作かもすっかり忘れてしまいました。
住井すゑか、有吉佐和子か向田邦子かなんかその辺だったと思います。

高校の受験の国語の問題文だったんですけど、あまりにもジーンと来て、暫し受験ということを忘れて感動に浸ったことを思い出します。 

本を戴くのは、今年2度目なんですが、人に勧められた本って、自分で選ぶと絶対に出会わないであろう世界に出会うことが出来て良いもんだなぁと思う今日この頃でございます。

20101126-00.jpg


みゃ〜ざ〜くんが、強いストライカーになった日
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posted by すいとこびっち |23:42 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(4) | トラックバック(0)

2010年10月27日

「ぶた汁」「トン汁」論争に終止符を打つ論文【大真面目完結編】

さて、「ぶた汁」と「とん汁」はどっちが正しいのか?
について、大真面目に結論をつけました。

(すんません、たったの一文字・・飼うと買うの間違いを修正)

先回とは、打って変わり、大まじめな話なので言葉硬いですが、なかなか面白い推理なので、お楽しみいただければと思います。

無茶苦茶長いよ〜。

【言語伝達の基本法則】
以前にも書いた気がしますが、「鳴くよウグイス平安京」以来、日本の文化の中心は首都京都でした。
だから、流行り言葉の伝播は、基本、京都から発信されており、多くの言葉は、その分布図を見ると京都を中心とした同心円状に広がっています。
正確には忘れましたが、例えば、「あほ」という言葉は、京都を中心とした同心円に分布し、「ばか」という言い方は、その円の外側、地域で言うなら、東は関東東北北海道、西は九州、沖縄といった感じの分布をしています。
これは、「ばか」と言う言葉が先に生まれ、京都から徐々に外側に広がって行き、その後、「あほ」が生まれ、やはり京都から徐々に外側に広がって、「ばか」にとって変わったためです。 

【ぶた汁、とん汁分布図から見えるもの】
そう言う目で、「ぶた汁、とん汁分布図」を眺めて見ると面白い点に気付きました。
それは、京都、奈良はぶた汁圏なのに、その周辺は皆とん汁圏だと言うこと。
これは、とん汁が、京都発祥の言葉ではない事を示していると考えました。
では、どこ発か?
パッと見、青い分布の中心は東京ではないかとおもわれました。
もし東京であるならば、これは同時に、とん汁が、明治以降に生まれた新しい言葉だと言う事を示唆してくれます。
どういうことかと言うと、江戸時代にあっても、首都は京都。
つまらないものを「下らない」と言うように、面白い文化は、やはり江戸時代も京都(上方)から下って来たものなのであり、やはり流行の中心は、江戸時代でも京都だったからであり、全国展開した言葉の発祥が京都でないということには、特別な背景があると考えるべきであり、その一つとして、京都が首都ではなくなった明治以降に目を付けて見たわけです。

【謎を解く鍵】
となると、ぶた汁とん汁問題の謎を解く鍵は明治以降の東京近辺で起きたなんらかの文化的変化と関係があると見たわけです。
そこで、目を付けたのが、とん汁ならぬ「とんかつ」。 

理由は
1)まず、「とん汁」が比較的新しい言葉らしいこと。
2)同じ「とん」の付いた言葉でありながら、「とんかつ」はほぼ100%の人が「とんかつ」と言い、「とん汁」はそうなってない。

以上から、もしや、「とんかつ」というメニューの発祥が明治以降の東京近辺で、「とんかつ」というメニューの普及に伴い、「ぶた汁」の「ぶた」を「とん」と呼ぶことに違和感を持たなくなったことが、東京を中心とした「とん汁圏」の分布をもたらしたのではないかと考えたのです。 

【果たして、とんかつの発祥は?】
と言うわけで、「とんかつ」について調べると、
1)元来は洋食メニューのポークカツであること。
2)創始者は、昭和初年頃らしいが、諸説あって真実は、わからないこと。
3)しかしながら、歴然とした事実としては、昭和7年には、東京各地でとんかつ屋が営業し、大衆に認知されていたらしいこと。
4)ところが昭和16〜23年、第二次世界大戦時に物資統制のため、政令により飲食店の営業停止を余儀なくされ、「とんかつ」は戦後まで、一次消えたらしい。 

【とん汁は戦後にひろまった言葉】
以上から、「とん汁」分布の形態と、「とんかつ」の発祥の時期と地域が予想どおり一致しており、「とん汁」は「とんかつ」伝播と関係があると思われます。
「とんかつ」が、誕生間もなく、戦争で姿を一時消したことを考えると、「とん汁」という言葉の広がりが本格的になったのは戦後ではないかとおもわれます。 

【トン汁伝播の予想パターン】 
戦後に広まったとすると、事は結構複雑です。
言葉の伝播のプロセスとしては
・「とんかつ」と言う言葉(メニュー)の自然な広がりと定着。
・新幹線、東名、名神高速道路の開通に伴う、伝達速度アップと中間地域すっ飛ばし現象。
・高度経済成長に伴う外食習慣化と外食チェーン店の店舗の急速な増加。
そんなんが複雑に関係しながら、伝播していったのではないでしょうか。

【京都、奈良の特異性】
不思議なのは、京都、奈良が、周辺に比べて、「ぶた汁」率が高いこと。
  これは、京都、奈良が、古都としての日本的観光都市だからではないかと思われます。
  つまり、外食する人の多くが観光の人達としたら、そういう人達の目当ては、やはり、京料理、奈良料理が中心。
  そのような地域に戦後生まれの料理の店を出すよりは、周辺地域に出したほうがリスクが低いわけで、京都、奈良への出店率が低かったことが影響しているのではないかと思われます。

【そもそも豚汁自体は新しいのか?古いのか?】
で、ひとつ、分からなかったことがありました。
それは、こんだけ、情報入手しやすい時代。
テレビでも雑誌でも、「とんかつ」という言葉は、全国一律に知ってるはずです。
「とんかつ」の「とん」がなじみになったのなら、もはや、全国全て「とん汁」でも良いはずなのに、何故、「ぶた汁」があるのか?
そこがしっくり来なかったのですが、会社で、70歳近くになる千葉出身の先輩と「ぶた汁」について話していたら、はたと気づきました。
その先輩の言葉、
「どっちの言い方してたかなあ。でも、私らのころは、豚より鶏だったなあ。どこの家にも鶏小屋があって、それを絞めて食べてたからね。」である。
そう言われると、私の祖父も、(札幌の藤の沢で)鶏を飼って、毎朝卵をたべてました。
NHKの大河ドラマで「獅子の時代」という幕末から明治維新後の話があったのですが、その中でも、牛肉を食べる習慣は、明治以後始まったものでした。
豚肉も同じで、「いのしし」は食べていたかも知れませんが、「ぶた」を食べる習慣はやはり新しかったと思います。
末端庶民皆が、「豚汁」を食べるようになったのは、実際は、「とんかつ」が生まれた時期とあまり変わらなかったのではないでしょうか?
となると、先に「ぶた汁」が生まれ、「ぶた汁」と呼ばれていたのだけれど、その名称が十分定着する前、まだ呼び名に柔軟性があった時代に、東京から、「トン汁」呼称の波が広がり、「トン汁」の広がり速度と「ぶた汁」の定着速度の境界線が、東北であれば、青森にあったのではないかと思われます。

【結論】
まず、「ぶた汁」料理自体が日本では、比較的新しく、明治以降から始まり、一般大衆まで広がるのは、大正前後位である可能性がある。
(むしろ、依然鶏肉が主流だった)
だから、恐らく、ぶた汁と呼ばれていたのだと思うが、名称としては、定着までいかない柔軟性があった。
一方、若干遅れて、「とんかつ」というメニューが東京で生まれ、定着を始めた。
戦争で一旦途切れたが、戦後の経済成長に伴い、「とんかつ」は東京から、急速に地方に広まっていった。
「とんかつ」の広がりと共に、「とん」という言い方も定着し、柔軟な言い回しだった「ぶた汁」も「とん汁」化していった。
「とん汁」化の速度より、「ぶた汁」定着の速度が早かった地域(東京より遠い地域)で「ぶた汁」が定着したのだと思います。
戦後ですから、新幹線、高速道路、経済成長によるチェーン店の広がりの速度など、様々な要因が複雑に関与してると思われます。
私の妻の実家では「トン汁」ですが、私の家では「ぶた汁」。
妻は札幌生まれの札幌育ちですが、私は、道内の地方を転々としてました。
札幌以外の地域では、基本ぶた汁だったと思います。
例えば、本州から進出する店にしろ、本州から転勤してくる人にしろ、圧倒的に札幌に来ることが多いですから、北海道で「とん汁」を使う人は、もしかしたら、圧倒的に札幌市民が多いのではないでしょうか?


富山戦、正直言うと面白くなかった。
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コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |22:03 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(9) | トラックバック(0)

2010年10月24日

「ぶた汁」「トン汁」論争に終止符を打つ【その序章】

昨日、当直で急いで会社に向かっていたら、袴線橋の階段を蒲田行進曲してしまい、あやうく死ぬかもしれないところでしたが、幸いケガの一つもなかった私ですが、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

makomaさんのところで、「ぶた汁」か、「とん汁」かの話がありましたがそれ以来、ず〜っと考えてました。

「開墾のはじめは、豚と一つ鍋」
これは、帯広の開拓の祖、晩成社の、依田勉三さんが読んだ歌で、銘菓の名前にもなってます。
ちなみに、私は、マルセイバターサンドが好きです。

北海道の開拓といえば、屯田兵の存在は抜きにして考えられません。
屯田兵は、明治8年、札幌郊外の琴似兵村で兵屋200戸を建築、宮城・青森・酒田3県および北海道内からの志願者193戸、965人が移住したのがはじまりでした。
以後、発寒、山鼻、江別、篠路、篠津、野幌といった、札幌や江別に集中して入地しました。
屯田兵は、最初は幕府側についた諸藩の士族が中心となり、後に平民も公募され、出身地は日本全国に渡っています。
現在北海道に住んでいる人達の出身地別には、青森県が第1位、2位は新潟県。これがそれぞれ約5万戸の移住者を迎えています。続いて秋田県、石川県、富山県。これがトップ5になっています。いずれも4万戸を超える都道府県です。参考までに続きは宮城県、岩手県、ここまでが3万戸台、山形県、福井県、福島県、徳島県、東京都。最も少ないのは九州や沖縄の地域でしたが、日本の全都道府県からやってきています。
(引用:北海道ぷっちがいど)
ちなみに、私の先祖は、広島県安芸郡海田村字海田、秋田、小倉(行橋)だそうです。

依田勉三さんが歌ったように、極寒の北海道で暮らし始めた屯田兵の食事には、熱い汁ものは欠かせなかったでしょう。

当初は、じゃがいも等の野菜、穀類を入れた汁や、時にはシカ肉を入れた汁物を食べていました。
これらを総称して、屯田兵の汁・・・・屯汁(とんじる)と言ってました。
後に、家畜として豚肉を使うようになり、これを「屯じる」と呼ぶようになりました。

北海道の自然の厳しさに勝てず、出身地に引き上げるものも多数いました。
この時、彼らを見送った人達は、「達者でな〜!」と手を振りつつも、心の中では、「いいか、おまえらは、負けて逃げていくんだぞ!」(by 大滝秀治)とつぶやいた一節は、ドラマ「北の国から」でも引用されてます。
どこの地域に引き上げた人が多いかというと、おおむね上記した出身地別の順位の逆の順になってます。
つまり、そもそも寒さ厳しい青森県人は、ほとんど帰らず、北海道で頑張ったことになります。

地元に帰った人達は、少なからず興味の的でした。
根掘り葉掘り周囲から、北海道の様子を尋ねられます。
やはり生活の厳しさが、一番の興味の的でしたから、当然食べ物の話は必ず聞いてきます。
そして、どの地域でも必ず話題になったのが、「屯汁」。

新しいものに飛びつく活気にあふれた明治のころ、各地域で同時多発的に「とん汁」は市民権を得たのであった。

一方の北海道。
厳しさに耐えて、残ったものにとって、更に過酷な日々は続いた。
知り合いの多くを、飢えと寒さで亡くしながらも、徐々に安定した暮らしを得ていった。
逃げた者達にとっての「屯汁」は、喉元過ぎれば、郷愁の響きを持つが、北海道に残った者達にとって、「屯汁」は、亡くなった仲間やもっともっと過酷な実体験を連想させるあまり口にしたくない言葉であった。

かくして、「屯汁」発祥の北海道では、元来の言い方、「ぶた汁」の方が多様され、引き上げた各地で、「とん汁」が使われるようになったのは、皮肉なことである。

こちらに、ある方が作成した、全国トン汁、ぶた汁分布図がある。

非常に面白いのは、青森は、完全「ぶた汁」圏ということ。
何故か?
青森に逃げ帰った屯田兵はほとんどいなかったからである。

青森の赤が、とん汁のルーツを語っているようである。
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
 ↓
な〜んてのは、私の作り話ですが、信じた人は、ゴメンくさい。
どっからが作り話かというと、『屯田兵の汁・・・「とん汁」』から下です。
これは、あくまで、話の呼び水です。

次は真面目な話です。

日本言語学会に出してもおかしくない本当に、マジメなマジメ【「ぶた汁」「トン汁」論争に終止符を打つ論文】は、「大真面目篇」で論じたいと思います。

では。

posted by すいとこびっち |06:37 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(6) | トラックバック(0)

2010年10月10日

ラーメンは、麺からいくか、スープからいくか、という、どうでも良いいっかげん【最終章】

悪魔に「おまいが、神の子なら、この石をパンに変えてみろい」と言われたキリストさんは
「人は、パンのみにて生きるにあらず」と答えたそうです。
私が悪魔なら「だからなんだっつーねん。四の五の言っとらんで早よパンに変えろや!」
のもうちょっと上品な言い方の突っ込みをするところですが、なんで悪魔は、そこで引き下がったんでしょうかね?。
そんな簡単な言い返しが出来なかった悪魔の気持ちを思うと、未だに悔しくて悔しくてなりません。 

さて、ラーメンの話の結論ですが、途中でめんどくさくなって来て、
「人はラーメンのみにて生きるにあらず!」
で終わりにしようかと思いましたが、知り合いの、多分そのまた知り合いがノーベルイヒッ学賞をとったことだし、最後の力を振り絞って、
科学的かつ壮麗な根拠に満ちた結論を書くことにしました。 

まず大事なことは
「君にとって、ラーメンはラーメンか?麺入りスープか?」
この前提で結論は、正反対に成りうるんでございます。
「麺入りスープ」と捉えるなら、スープの味をまず味わって、麺をおかずにするのは、とってもリーズナブルですね。

でも、私は、考えたのです。

ラーメンは、やっぱラーメンだと。 

なぜかなれば、ラーメンはラーメン屋で食えるが、スープ専門店では食えないからなのだ。
スーパーの麺類コーナーにはあるが、スープコーナーにはないからなのだ。
どうだ、参ったか。
悔しかったら、スープ屋行ってラーメン注文してみたまい。
スーパーのスープコーナーでラーメン探してきたまい。 
それに、今、つけ麺が流行っているが、ラーメンはスープからと言ってる人は、つけ麺も、絶対つけ汁から行かなければなりませんよ。
いんですかそれで。そんなことしたら、つけるもん無くなっちまいますよ。
 
というわけでラーメンはラーメンなわけです。 
ということは、スープは麺を美味しく戴くための引き立て役でなくてはならないんですね。 

なのに、先にスープを飲んじゃうと、
脳の海馬が「お、こりゃうめえなあ。お、こりゃうめえなあ。お、こりゃうめえなあ。」という記憶でいっぱいになります。
その状態でラーメンをすすると、スープは麺で薄められていて、本当は塩分とか旨味成分の濃度が異なっているのに、海馬にたまった記憶の味とオーバーラップした味になるわけです。
つまり、本来の麺とスープが合わさった味ではない、脳内で合成された別の味、俗に言うバーチャルラーメンを味わっていることになるわけですね。 

更に、更にですよ、味は温度で変わるわけですよ。
麺とスープの熱容量はたぶん異なるわけで、最初にスープを飲んだ時の温度と、麺と一緒にスープの味を感じる時の温度は異なるわけですよ。
ということは、スープを飲んだ時の味と麺を食べる時の味も、これまた異なっているわけでしょう。

それを最初にスープをすすってしまったら、やはり、ラーメンの味はわかり難いと相成るわけだと思います。

というわけで、「通はスープからやる」人は、本当の味が実はわかっていない!
(どっちからやっても、私はわかっていませんが)
ということが、客観的、且つ、科学的根拠に導かれたのでありました。

というわけで、私、ラーメンは、
「麺をズズッといって、最後に丼ごと、スープを飲む」
と、なったわけであります。

が、owlsさんのコメントにあった、蓮華にすくったスープの中に麺を入れて食う。
  ↑
これが、一番いいかも知れない。
と、いっかげんは崩れ始めているのでありました。


冷たかった、でもあきらめなかった。僕等は、確かに選手と共に闘っていた。【柏戦】
のコメントへの返事を書きました。
コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |10:09 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(3) | トラックバック(0)

2010年09月03日

ラーメンは、麺からいくか、スープからいくか、という、どうでも良いいっかげん【その2】

昨日は、朝4時まで眠れず、今日は、夜中の1時30に目が覚めてしまいました。
大丈夫か?自分な私ですが、皆さんいかがおすごしでしょうか?

さて、引き続き【その2】なんですが、

ところで、ちょっと話は変わるのですが、△△は、○○に限るって良く言いますが、そこには、『ええカッコしい』の匂いがプンプンしますなあ。
『ええカッコしい』の私が言うのだから間違いない。
それに気付かせてくれたのは、博多の長浜ラーメンであった。 
それまで、私は、ラーメンは味噌味に限る!と思っていた。
(お、味噌味って、下から読んでも味噌味って、今気付いちゃった) 

理由はただ一つ。
北海道民だからだ。 

それが、こっちに来て木更津そごうの九州物産展で、九州の長浜ラーメンを初めて食ったのが、28歳頃。
いやー、おったまげましたなあ。
どのくらいおったまげたかというと、黒船を初めて見た竜馬さんからの手紙を見た乙女ねえちゃんの気持ちくらいでしょうか。 
狭い世界しか知らないのに、ラーメンは味噌に限る!なんて、言ってる間に日本は、欧米列強の植民地になってしまうぞ!ってくらいの壮大な反省をしたのでありました。 

他には、ラーメンは太麺に限るとか、縮れ麺に限るとか。
実はその本質は、「細麺のまっすぐ麺という普通」に対し、俺は普通とはちょっと違うんだぞ!と主張するのが『太麺』や『縮れ麺』達。
そんな『太麺』や『縮れ麺』に限る!と主張する自分も普通の人とはちょっと違うんだぞという『ええカッコしい』が見え隠れしてたりもするのである。
そうなると『太麺の縮れ麺』に限る!なんていう『普通とは違うんだぞダブルアタック』は、かなり疑って掛からないといけません。
更には、『5日間熟成させた、西○製麺の太麺の縮れ麺』に限るなんて言うと、もう、王道を行ってると言わざるを得ません。

あ、それ、実は僕ですけどね f^_^;。 

そんなことに、ふと気付いた私は、『通はスープからやる!』の本質は、もしかしたら、言い出しっぺの壮大な『ええカッコしい』なのではないか?という疑惑を抱き始めたのであった。

そして、『スープからやる派』が一大メジャー勢力になった今、
つまり、『麺からやる』派の方が、むしろ「普通とはちょっと違うんだぜ!」派になってしまった今、
私の『ええカッコしい魂』が頭をもたげ始めたのであった。 
つまり、今は『麺からやる!』と言った方が、なんか通っぽい感じを漂わせるような気がするのである。

そんなことを考えてしまったもんだから、本当はどうでも良いのだけれど、結局どっちかに結論を出さないと、自分の中でけじめがつかない。

そこで、本当はどっちが良いのだろう?と、納得のいく理由をいろいろ考えたあげく、最終結論に至ったのであった。

そしてその結論は、【その3】に続く・・・・。


ラーメンは、麺からいくか、スープからいくか、という、どうでも良いいっかげん【その1】
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コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |06:46 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(4) | トラックバック(0)

2010年09月01日

ラーメンは、麺からいくか、スープからいくか、という、どうでも良いいっかげん【その1】

もう長いことラーメンブームが続いている。というより、もはや、ブームというより、定常か?

私の記憶が確かならば、その一つ前のラーメンブームは昭和50年代にさかのぼる。

「なんちゅーか、本中華」とか
「マダムやーん」とか「なまの味ラーメン」とか
「♪冷ーやし、ひーやし、冷やし、ひーやし」
なんてえのが、出て来た頃だったと思う。
ちなみに、それからちょっと遅れて出て来たマンガが「ミスター味ッ子」だったろうか。
そんな当時のある日のこと、テレビを見ていたら、あるラーメン通という出演者の口から出た言葉が、私に衝撃を与えた。

その言葉が、
「通は、まず、スープからやる!」
であった。

その頃、私も周りもそうだったと思うんですが、
ラーメンが運ばれると、まず、コショーなり七味なり、時にはガーリックをババッとかけて、ひたすら麺をズズッといって、最後に丼ごと、スープを飲む。
それが、世間一般の食べ方だった気がする。
れんげなんぞは、使わないのにちょっと気を抜くと丼の中にドボッとつかり、じゃまくさい、うっとおしい存在でしかなかった。

「世の中にたえて蓮華のなかりせば、ラーメンの丼は、のどけからまし」と読んだ在原業平(『ざいはらぎょうへい』って読んではいけません)の気持ちが良くわかったもん。

蓮華の存在意義は、お母さんが小さい子供のために、ラーメンを小分けするための道具だと思ってたくらいである。

そんな時代に、その言葉である。
「通は、スープからやる!」

だいたい、ラーメン通なんて者の存在すら思ってもいない頃である。

そうか、蓮華ってその為にあったんだと、初めて蓮華の存在意義がわかったのであった。
それを聞いた私は、きっと目が輝いたに違いない。
そもそも、『ええカッコしい』なのである。
その週末、早速ラーメン屋に向かう。
ラーメンが運ばれる。
蓮華でスープを啜る。
蓮華をスープから救出する以外に目的をもって使うのは、生まれて初めての行為だ。

一口味わって、軽く首を傾げる。
そして、それを確かめるかの様に、もう一口啜る。
『ムムっ、この若造、なかなかやるな!』とラーメン屋の主人が一瞥をよこす。
店主と私、二人の間に緊張の火花が張り積める。
その緊迫感に、店の客全員が、一斉に視線を集める。

なんてえことを想像しながら、蓮華でスープを啜りながら辺りを見回すと・・・・

あれれ?

周り全員、ラーメン通になってるぢゃないですかあ〜?

『コラっ!あんたら、昨日まで、おいらとおんなじやうに、
ババッと薬味かけてたでしょーが。
ズズッと麺からいってたでしょーが。
ゴクゴクって、最後にスープをいってたでしょーが。
子供が、まだ食ってる途中でしょーが。』
ってなわけで、あのラーメン通の放送を境に、日本全国ラーメン通だらけになったわけでして。

そして、それ以来、私も、ラーメンは、スープから。
となった・・・わけ、ではありましたが・・・。

その2に続く。

posted by すいとこびっち(今日は携帯から)
ちなみに、前回投稿へのコメントありがとうございました。

posted by kagayaki |19:50 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(3) | トラックバック(0)

2010年08月20日

にわか雨、通り雨、ゲリラ豪雨

いつからであろうか、ニュースではゲリラ豪雨という言葉が席捲し始めている。

聞かなくなったのは、にわか雨、通り雨。

今、ニュースでゲリラ豪雨の説明をしていたが、
『突然、局地的に激しく降り始め、雷を伴う』
・・・にわか雨とあまり変わらない。

にわか雨の強烈なものがそれにあたるのかも知れないが、猫も杓子もゲリラ豪雨になってしまっている感がある。

にわか雨には、子供の頃の夏の放課後、遊び呆けた夏の夕方、土ぼこり、夏のむせた匂い、そんなイメージが立ち込める。
通り雨には、祭りの風景、浴衣、うちわ、雨宿り、そんな情緒が記憶を掠める。
何か、鼻の奥がつんとするような、美しい日本の言葉である。

それは、決してテレビのせいではないにせよ、でも、半分は、テレビの表現によって、日本の夏の情緒が消えいくような思いがしてならない。

にわか雨、通り雨。

北海道でも同じなのだろうか?

雨の異常さでは、まだ、本州ほどではないのかな?と思える北海道では、にわか雨、通り雨、その言葉が生きていてほしいと思った今。

今のうちにその思いを書き止めておこうと思う。


だーかーらー、言ったじゃんかよー【東京V戦感想】
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コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |22:46 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(6) | トラックバック(0)

2010年06月22日

『世の中に、究極のカレーライスは存在しない!』という、いっかげん。

話、長いですが、毛色の変わった話を読みたい方はおつきあいを。

師匠にもらった本の中に、いっかげん(一家言)という話があった。
いっかげんとは、「その人独特の主張や論説」である。 

で、今、思っている私の「いっかげん」は、
『世の中に、究極のカレーライスは存在しない!』である。

いっかげんであるから、私の独特の主張であるので、決して、世の中のカレー好きの方々に挑戦状をたたきつけようっていう訳ではございませぬ。

カレーというものは、妙に魅惑的な響きを持ってあこがれを抱かせるものである。
・辛さの中にあるまろやかさ だの
・十数種類の野菜が織り成す味のハーモニー だの
・一晩ねかせるとコクとまろやかさが出てくる だの
 この寝かせると言う言葉のマジックに人は弱いのである。
・じっくりコトコト煮込んだ鶏肉が口のなかでとろけるようだ だの
 ここも、コトコトととろけるの組み合わせが強力なタッグを組んで心を鷲掴みにするのである。
・リンゴとはちみつだのココナッツだのヨーグルトだのチョコレートだのの隠し味だの

テレビの味番組で、「辛さの後から、じわっと来る甘味に、ホッとしますね。」なんてのを聞くと、
「ホッとしますね。って、ホントは、辛いの嫌いなんだろ、おまい!」って突っ込みいれたくなるのであるが・・・。

とにかくなんだか、おいしさのエッセンスがいっぱい詰まったような、うたい文句がちりばめられているのである。
だから、絶対にカレーライスには、この上なく至福の味が存在するに違いないと思ってしまうのである。
実際、私共夫婦も、「ものすご〜く、おいしいカレーってどんなんだろうね?食べてみたいね。」などと話をする。
実際、そう思う。
勿論、おいしいカレーには出会うが、究極にうまいカレーには会ったことが無い。
横浜のカレー博物館でも、そんなカレーにはお目に掛からなかった。
必ず、何かが足りない気がするのである。
目隠しして箱の中に入っているものを手探りで当てるゲームってあるぢゃないですか。
形は何となく分かるんだけと、何か今一つ自信がないような、そんなもどかしさがそこにはあるのである。
何か、突き抜けたものがないのてある。
逆に、突き抜けたものがあって、「これだ」と思わせるようなカレーは、食べてる途中で飽きてしまうのである。
それは、何故か? 
『それは、カレーライスだからである!』
カレーは、辛いのである。
辛いとは、何か?
辛いは、痛いなのだ。
そもそも、味覚は、人が生きるために必要な成分を摂取するために、「味覚」という形の快感を得るために備わった感覚である。
でも、辛いは痛いなのだ。
(世の中には、痛いが快感な人もいるようだけれど)

そう、痛いが旨いわけないのである。

電車の中で、ハイヒールのカカトに足踏まれたら痛いでしょう。
旨いと思う人はいないでしょう。
もし、あなたが、間違って隣の人の足を踏んで、「あ、ごめんなさい、だいじょうぶですか?」と覗き込んだその人の顔が、この上なく恍惚な顔してたら恐いでしょー。
あるいは、地獄で閻魔大王に舌を抜かれたのに、「旨い!」と喜ぶ人はいますか?いませんよそんな人。見たことありますか?。私は一度もお目にかかったことありませんね。
間違って、舌をかんだ時に発する言葉は何ですか?「痛てて、舌噛んじゃった!」であって「いや旨え。舌噛んじゃった!」ではないでしょー。
舌噛んで旨かったら、皆舌噛みながらメシ食ってるでしょー。
そうなったら、おかずいらないでしょー。
そうなったら、近所のスーパー、やって行けなくなって大変なことになっちゃうでしょー。ね♪。
おかず買いに、わざわざ何キロも離れたスーパーに行かなきゃならなくなるんですよ。
高齢化社会にとって、これは大問題でしょー。
でも、そっちのスーパーの近所の人も、舌噛みながらメシ食ってるとしたら、そのスーパーもやっていけなくなるでしょー。
どおーすんですか?
でも、大丈夫、ローソンがあって良かったネ、となるでしょー。

つまり、辛いは、旨いではなく、痛いなのである。
痛いということは、味の感覚を少なからず鈍らせているのである。
あえて、味覚を鈍らしたことが最大の特徴であるカレーライス。
そう、ここに、カレーライスが万人受けし、なおかつ、朝昼晩、毎日食べても飽きないという人が多い理由が隠されている。
味を鈍くしているからこそ、飽きが来ないのであり、嫌いなものが入っていても気にならなくなるから、多くの人に好まれるのである。
んん、なんか我ながら、もっともらしい理屈だ。
その証拠に、カレーとひとくくりにするとカレーは好きだけど、茄子のカレーは嫌いとか、シーフードカレーは嫌いとか言う人は良くいるでしょう。
食材のみんなが、仲睦まじくしてるから良いのに、一人だけ、スターが出てくると、そのスターに対する好き嫌いがやおら顕著になって来るのである。
味覚を鈍らしておきながら、究極の旨いカレーライスって、あるわけないじゃないですか?
それは、まるでミシュランが、旨いレストランを探しながら、どこ行っても唐辛子をたっぷりかけて食べるようなものである。
自分でたっぷりの唐辛子で味覚を壊しておきながら、「なかなか、コレといわせる味がないですな〜」と言うようなもんである。
だから、『世の中に、究極のカレーライスは存在しない!』のである。 

んー!我ながら、なかなか筋の通った、いっかげんだなあ。 

なんてえことを言いながらも、ブログのお仲間さんから頂いた、スープカレーや、サクランボカレーなどを食べては、「お、うめえなこれ。辛さと旨さが絶妙だねえ。」などと言いながら、やはり究極のカレーはあるのかもとついつい思ってしまう私がいる。

私のいっかげんもいい加減なものである。(←だじゃれ言ったわけではありません)  

そんな私は、最近、「ラーメンはスープからいくか、麺からいくか」という、どうでも良いことに、新たないっかげんを得た。

それについては、またいつか。


コンサにもやってほしい、無茶苦茶おもしろい!『おらおらサッカー』
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コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |21:40 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(5) | トラックバック(0)

2010年06月10日

豊か

昔々の話だが、入試の時、八王子に住んでいた兄の下宿に泊まった帰りのこと。
「東京駅まで送ってやる」と言った兄の財布には、聖蹟桜ヶ丘という駅に向かう途中までのバス代しかなかった。
下宿からそんなに遠くもない所に銀行があるのに、バス停と反対方向にあると言うだけで「ま、なんとかなるだろ。」と言い、金を下ろさずに、彼は、私を引っ張ってバスに乗った。

無謀である。

そして、持てる料金で行けるだけ行った途中で下車。
そこで、「よし、銀行探そう!」と、やおら、銀行を探しだした。
だが、探せども探せども、引き出せる都市銀行がない。
そんなに時間がないっつうのに、さ迷い続ける私たち。
だが、見つかるのは、地方銀行とか信金ばかりで、都市銀行は一向にに見当たらず、2つ先のバス停までさ迷い歩く。
時間はどんどん過ぎて行く。
灰色の冬京の、どんより曇った空からちらつく霙に近い雪が、不安な思いに輪をかけた。

そこで、こう呟く兄
「ん?そうか、都市銀行は、私バス路線にはないのかも知れない。わかった、市営バス路線に行きゃああるぞ。」
と、市営バス路線に向かって歩きだした。
果たして、そこに都市銀行は、あった。
「な、俺の言ったとおりだろ。」と、得意げである。
しかし、そもそも、最初に近所の銀行に行ってりゃ、こんなリスクに巻き込まれことはなかったのである。
と、その時、兄は言った。
「たまには、無計画に行動するのも、面白いもんだろ。そこには、新しい発見がある。」
ん〜、確かに。
・・・・・・・・・
年齢を重ねていくと、これがベストな方法とか、これが正しい選択とかが見えて来る・・・と言うのはおこがましいが、少なくとも、自分の中では形成されて来る。
でも、そのとおりに行動し、そのとおりに判断してばかりいると、
「それ、面白いか?」
と、問いかけて見たくなる。
目の前の問題を処理する策は、実は幾通りもあり、独創性のある結論にトライしてみたり、たまには意に反する結論にトライしてみたりすることも出来るのに、経験という固定観念、あるいは人によっては、誰かの書いた生きるための戦術本から得た知識に縛られて、色々考えた挙げ句に、結局、結論は、当たり前のことで終わったりするのを見たりすると「つまんねーの」とがっかりしてしまうことがある。 

オシムさんの言葉に「サッカーは人生そのものだ」というのがあった。 
サッカーもそうなのかも知れない。
誰もが考える定石な策で勝つのも良いが、なぬ〜?ってな戦術で勝つのも、また味があって良い。
numberと言う雑誌に、低迷していたアルメリアを率いて、バルセロナと戦ったファン・マヌエル・リージョ監督が、バルセロナに対抗できるシステムを有効にするためのフォーメーションとして、いつもと違う3-2-3-2という形で臨み、引き分けに持ち込んだらしい。
更に、レアル・マドリードとも、3−3−3−1を採用し、負けはしたが、何度も決定的チャンスをつくりだしたそうである。
それは、決して無計画ではないが、自分の独創性にトライしてみた結果なのだろうか。 

「たまには、無計画に行動するのも面白いもんだろ。そこには新しい発見がある。」

その言葉は、今もたまに、仮山水の石庭の岩の如く、私の心にぽつねんと佇み、こう、呟くことがある。

「今でも、君の心は豊かかね?」 


ああ、哀愁の草津
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コメントありがとうございました。

posted by すいとこびっち |06:46 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(4) | トラックバック(0)

2010年02月07日

アバリンパラドックス

あのー、カテゴリがこれなので、何だそれ?な話なので、ご了承ください。

【さて、問題です。】
ふねがなんぱしました。(磯野ふねさんが、すすきので波平さんを引っかけた訳じゃないですよ。)
船が難破しました。
そこには、銛(もり)、3日分の食料、木の破片、燃料の入ったガロン缶、トラロープ、サーチライト、ラジオ、チョコレート、信号花火、4m四方のテント地の布、船のオール、拡声器、羅針盤、鏡、バケツがあります。
無線連絡も出来ず、救助活動が始まっているのかどうかもわかりません。
上の15品目を、助かるために必要な優先順位に並べなさい。

これは、会社のとある研修で出題された問題です。
10人位を一組としたグループ単位で議論しながら、正解を出すというもの。

あるポイントにさえ気づけば、さほど難しくはなく、又、初対面同士が集まったグループだと割と正解率は高くなると思われます。
ところが、会社の同じ部署の仲間 同士がグループを組むと、とたんに正解率が低くなったりする。
実際、この研修で15グループくらいあったと思うのですが、ほぼ正解に近い回答を出したのは、1グループだけ。

なぜそうなるのか?

それが、アバリンパラドックスというもの。
(うろ覚えですが、ちょっと面白い話なので、脚色込みで紹介します)

【アバリンパラドックス・・・・もどき】
暑い夏のアメリカ。
一家団欒を過ごしていた、とある家族。
ふと、会話の中で、頑固者のおじいちゃんが、
「よその家族は、皆、旅行に出かけてるみたいだねえ。」
と何気なく話した。
それを聞いたお父さん。
『ゲッ!じいさん、旅行に行きたいのかなあ。このくそ暑いのに旅行なんて疲れるだけなのに。』と思いつつ、
『よし、テキサスのアバリンに行こうと提案しよう。このくそ暑い中、砂漠の中の何もないあんな暑いところ、きっと皆反対するに違いない』
というわけで、
「そうかあ、じゃあ、ウチもどこか行こうか。あ、テキサスのアバリンなんてどうかな?年とってから暫く旅行なんて行ってないだろ?な、じいさん。」
それを聞いたじいさん。
『別に、どこかに行きたいと言ったわけじゃないんだが・・・。しかも、アバリンなんて、バカ暑いだけで何もない所を。しかし、息子がめずらしくワシらのことを気遣ってくれたのに、無碍に断るわけにもいかんな。ま、ばーさんが反対するだろ。』
と、
「お、アバリンか。暑いときに、暑いところに行くのも良いもんじゃわい。のう、バアさんや。」
話を振られたバアさん。
『ゲッ!このじいいさん、ボケたのかしら?とんでもないことを。でも、頑固者だからココで逆らうと、また、怒って無口になるし。無口になって、ボケが進行したら大変だわ。』
と
「まあ、それは、いいかも〜。何もないところでのんびりするのもまたいいわね。」

さて、言い出しっぺのお父さん、
『あれ?雲行きがあやしいぞ。母さんはどうなんだ?』
と、期待を寄せて、奥さんに投げかける。
投げかかけられた奥さん。
『ええ〜っ?何で皆あんなところに行きたいのかしら?どうせ行くならもっと都会に行きたいけれど。でも、せっかく最近、嫁姑関係が良くなって来たのに、ここで反対したら、また元に戻ってしまうわ。ここで、点数かせいでおかないと。』
というわけで、
「ええ、そりゃもう、お母様が行きたいのなら私は大賛成ですわ。」
というわけで、最後の砦のわがまま娘に全員の期待がかかる。
お父さん、おじいちゃん、おばあちゃん、お母さん、皆の目が一斉に娘に注がれた。
皆の思いはただひとつ。
『頼む!行きたくないと言ってくれ!』
最後の砦の娘。
『ええー?今週は、友達の家でパーティがあるのに。』
『でも、ここんとこ、家の手伝いもさぼりまくりだし。コノ前もお前はわがまま過ぎるとお母さんに説教くらったばっかだし。ここで断ったら、きっと、今月は、お小遣い無しにされるに違いない。』
「わ〜、私、テキサス行ったことないし。是非行ってみた〜い。るんるん。」
一同
『マジかよ〜!!』
と思いつつ、誰ひとり行きたくないのに、全員賛成の形でアバリンへと出かけたのでした。
これは、誰にも気兼ねなく、自由に意見を言い合える雰囲気で議論しないと、時として誰ひとりとして正しいと思っていない方向に進んでしまうことがあるというものです。

先日、書いたパラダイムシフトもこの研修で話してたことなので、ふと、思い出して書きました。
(ほんとは、ふと、じゃないけど)

ちなみに、最初の問題の回答は、次のように考えると簡単です。
根性の無い方は、続きを読む以降を見てください。

続きを読む...

posted by すいとこびっち |12:04 | 妖精達の、何じゃそりゃ | コメント(5) | トラックバック(0)

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