カレンダー
プロフィール
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
コメント
検索
2005年11月24日
負けているチームがロスタイムに3点取って逆転勝ちした例は最近どこかにあったはずだ。。。と、記憶を掘り起こし記録をひもといて発見。
Jサテライトリーグ 柏レイソル4-3大宮アルディージャ
2005年4月3日@大宮公園
(得点)14分 森田(大宮) 柏0-1大宮
75分 李(柏) 1-1
81分 森田(大宮)1-2
83分 横山(大宮)1-3
89分 矢野(柏) 2-3
89分 矢野(柏) 3-3
89分 宇野沢(柏)4-3
どうよ?トップチームじゃないけど、これに比べれば、昨日の負けなんてちょろいもんでしょ(笑)。考えてみれば、あの川崎フロンターレ戦だって、コンサドーレ札幌はロスタイムに2点差を追いついたわけでしょ。だからいまだに伝説なのよ。昨日のヴァンフォーレ甲府は、結果的には3点取っているけれど、ビハインドは1点じゃん。
と、むりやりテンションを上げてみる(かえって空しいか(^^;))。
2005年11月24日
当時のことを知らない人が意外に多いようなので書いてみました。
1998年Jリーグの終盤、残り4試合となったところから、コンサドーレ札幌はヴェルディ川崎戦(等々力)、ヴィッセル神戸戦(厚別)、ジェフユナイテッド市原戦(市原臨海)と3連勝して、迎えた最終戦は厚別での横浜フリューゲルス戦。
最終戦といってもそれはあくまでリーグ戦のことで、次の年から始まるJリーグ2部制で1部(J1)に入るためには、リーグ戦終了後のJ1参入決定戦を勝ち抜かなければならない。札幌は早い段階で参入決定戦出場が決まっていたのだが、それは「前年のポイントがない」「ファーストステージで負けすぎた」の2点によるものであり、セカンドステージだけ見れば順位は中位である、しかも終盤に来て3連勝した、その3連勝の相手の中には参入決定戦に出てくる市原や神戸も含まれているから心配は要らない-といった見方が大勢を占めていた(ような気がするんだけど、どうでしょう?)。
だから、最終戦でフリューゲルスに1-4と大敗しても、最終戦だからということで普通にセレモニーが行われ、クラブ消滅の危機に直面していたフリューゲルスにエールが送られたことに、僕は何の疑問も持たなかった(あれは札幌の歴史に残る、誇りにしていい拍手だったと思うのだが、それはまた別の話ということで)。
道新スポーツは違った。見出しは(記憶なので表現不正確だが)「ディド激怒 サンクスウォークなんかやってる場合じゃない!」。記事は、J1参入決定戦の直前で大敗しているのに、何をのんびりしているのだ、といった論調だった。
おいおいおい、何をそんなにいきり立ってるんだい、いいじゃないかあの感動のセレモニーで、と、僕はかなり違和感を抱いたのだが、結局、その後の参入決定戦は、リーグ戦では2戦2勝だった神戸に連敗し(木曜日の室蘭はつらかった…)、アビスパ福岡にも連敗して、4戦全敗でJ2行きが決まったのは周知の通り。ホームアンドアウェーで同点の場合は年間順位で上位の札幌が勝ち抜ける、というレギュレーションもあったが、そんなのは関係なくなるほどの完敗だった。
ああ、オレ、甘かったんだと、反省しましたよ。
近いところでは2002年、イバンチェビッチ監督(そんな人いたよね)の就任直後もそう。あのシーズンは「優勝を目指す」「偽得点王」「責任を取るのは誰?」ばかりが印象に残ってしまっているのだが、監督交代(ワールドカップ中断)後には、浮上するチャンスもあった。僕は当時は先のまったく見えない花の無職生活で、ド平日の昼間の宮の沢の練習もときどき見ていたので、イバンチェビッチのいかにも東欧チックなやり方にはかなり期待した。
実際に、イバンチェビッチコンサ(なんだそりゃ?)は、いい試合をしたのだ。
最初の神戸戦(神戸ユニバ)も、次の浦和レッズ戦(国立!)も、その次の横浜F・マリノス戦(札幌ドーム)も。だけど、神戸では、ボール支配でもシュート数でも相手を上回りながら、コーナーキックから土屋のヘッド一発で負けた。レッズ戦は、前後半90分同点のまま延長まで行きながら、ブレイク前夜の田中達也にやられた。横浜戦は、このシーズンここまで無敵を誇っていたF・マリノス相手に2点を先行しながら(酒井直樹のゴールは美しかったねえ)、そのうえF・マリノスに退場者が出ながら、2点差を追いつかれて最後は延長で負けた。
以前に自分のウェブサイトでも書いたことがあるのだが、僕は、この年、もうダメだと覚悟したのは、その次(FC東京戦@国立)の次の清水エスパルス戦(札幌ドーム)だった。この試合は(も)内容はよかった。でも、これもまた終盤に逆転されて負けた。どんなに内容がよくても、結局、勝てない。
その後も、優勝争いをしていたガンバ大阪に勝ったかと思えば、残留争いをしていた東京ヴェルディ1969にはロスタイムに追いつかれて延長で逆転負け、柏レイソルにも89分になんでもないフリーキックから追いつかれ、京都パープルサンガにもロスタイムにPK取られて負け、といった具合に、そこそこの試合をしながらも勝てない状態が続いて、イバンチェビッチはさじを投げてしまったのだ。
内容は悪くない、前よりはよくなっている、だからがんばろう、では、ダメなのだ。悪ければ悪いなりに勝ち点を取る、内容がいいならちゃんと勝ち点3を取る。それができなければ、いつまで経ってもJ2、あるいは、せいぜい、J2とJ1を行ったり来たり、だ。
カレンダー
プロフィール
最新のエントリー
月別アーカイブ
リンク集
コメント
検索