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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2008年07月30日
昨日、スポーツとナショナリズムに関して書いたので、その流れで。 石原都知事「死ぬ気で戦ってほしい」 2016年の夏季五輪開催を目指す東京都の石原慎太郎知事は、壮行会で「一つでも多くのメダルを取ることで招致への声も高まる。膨大な国費を使って行くんだから、体を張って死ぬ気で戦ってきてほしい」と“石原節”で選手を激励した。 ちょっと信じがたい発言である。これを“石原節”で済ませていいものか。 石原都知事は五輪選手のことを「東京五輪招致のための道具」としか思ってないのだろう。 ・言われるまでもなく「死ぬ気で戦って」オリンピックの代表になった人たちである。 ・スポンサー探しにも苦労したり、経済的に苦労している選手は少なくない。 ・金メダルでも数百万程度の報奨金しかない。 ・五輪の経済効果を考えただけでも、代表選手は投資に対する十分な還元をしている。 「オリンピックを楽しみたい」という言葉がよく使われるようになったのは1990年代だったと思う。この言葉が嫌いだという人はいて、オリンピックの度に「遊びに行くつもりなのか」と怒りの声がどこかから聞こえてくる。石原発言もこれと同じである。 ところで、なぜ「オリンピックを楽しみたい」という言葉が言われるようになったかというと、1980年代、オリンピックで成績が振るわなかったときにしきりに「プレッシャーに負けた」という言葉が使われたことによる。プレッシャーに押しつぶされて力を発揮できない選手が多かったため、「リラックスしてオリンピックを楽しむくらいの気持のゆとりをもてれば十分に自分の力を発揮できるはず」という意見が多くなり、結果としては「オリンピックを楽しみたい」というのはプレッシャーに負けないためのおまじない、呪文のようなものとして現在まで定着しているのである。もちろん観光気分でオリンピックに行くという意味などあろうはずがない。 オリンピックでは「希望」とか「勇気」とか「感動」とか「興奮」とか、たくさんのプライスレスなものを毎回もらっている。「国費を使ってるんだから死ぬ気で戦え」なんて下衆な考えは選手に失礼というものだ。
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