2008年05月01日
審判の暴言問題
審判が選手に「死ね」と言った・・・そんな信じがたいニュースが29日から大きく報道されている。現在調査中のようだが「言った」「言わない」の水掛け論になってしまいそうな気がするのだが果たしてどうなるのか。 もし本当に審判が選手に「死ね」といったならば、それはもう論外、言語道断であり、そうとう厳しい処分がなされることのように思うが、本人は否定しているらしい。 こういう審判の問題というのは常にある。今回「死ね」という言葉を言ったかどうかが一つのポイントになっているが、言ったかどうかにかかわらず、高圧的、感情的態度でジャッジをしていたことはどうやら本当のことのようである。選手以上に審判が熱くなって、感情的になってるんじゃないか。高圧的でイエローカードやレッドカードを武器に選手を威嚇しているんじゃないか。そういう場面はサッカーファンなら誰でも見たことがあるはず。 審判と選手が互いに不信感を持つ関係であるということは不幸なことである。 審判の質が低いと嘆いても仕方ない気がする。審判バッシングばかりしてもそれで審判の質が上がるとも思えない。というかむしろ審判のなり手がいなくなってしまうのではないかという気もする。もう少し審判に対する信頼とか名誉とかがないと、審判というのは本当にただ辛いだけの仕事のような気がするのだ。 審判の権威が低下する大きな原因はミスジャッジを認めずに強弁することにあると思う。「自分が正しい」と言い切れなければ成立しない仕事なことはわかるが、そのスタンスに固執することが結局は審判の権威を下げてしまうことになる。その結果として選手からの信頼を得られず、審判はゲームをコントロールできずに、結局感情的な対応をしてしまう。悪循環。 私は前々から審判の権威を維持するにはビデオなどなんらかの機械判定等を積極的に導入、検討すべきと考えている。サッカーは他のスポーツに比べてこの点は比較的保守的というか、遅れていると思う。文明の力を利用してジャッジの精度上げることで、よりストレスのない試合が行われるであろうし、結果として審判の地位の向上にもなるはずである。 この点では下記の提案は重要だと思う。 ラモス常務はインカム着用を提案 東京Vでは“言った言わない”論争を避けるため、審判のインカム着用の声が上がった。西村審判と親交があり「いい人」というラモス常務は「残念だけど、もうそれしかない。欧州ではつけているし、そういう時期に来ていると思う」。柱谷監督も「サッカーのスピードが速くなって正確な判断ができなくなってきている。(審判の)負担も減る」と話した。同監督はビデオ判定と高所から試合を見る「第5審判」導入も提案。「世界に先駆けてやってみてもいい」と熱弁を振るった。 具体的にどのように導入できるのか、どう運用すべきなのか、もちろん課題は多いと思うが、ぜひ前向きに検討してほしいと思う。 でも「死ね」は論外。
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posted by たじ |16:46 | サッカー一般 | コメント(8) | トラックバック(0)
