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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。
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2008年01月21日
昨日から急にネット上を賑わせている読売新聞の記事の話。 J1札幌、道・市が10億円無担保融資…事実上回収不能 この記事は北海道ローカルではなく全国ニュース扱い。 それがYahoo! JAPANのトップページにも掲載され、2ちゃんねるの「芸能スポーツ速報板」でもトピが立ち、コンサドーレオフィシャルブログ内でも、このことに言及するエントリーが数多くあがっている。 でまぁ、この記事なのだが、コンサドーレの経営状況を批判した最後に「経営陣は、地元紙の北海道新聞社OBが社長、専務の主要ポストを占める。」で締めているところから見ても、読売による道新叩きの意図が強い。新聞社同士ってのは常日頃から互いの足の引っ張り合いをするわけで、今回の記事はコンサドーレがそのネタに使われてしまった、というところだと思う。コンササポとしては腹立たしい思いもあるが、反面、自分の興味の薄い話題だと、そういう新聞社の意図に気が付かずに「そうなのか」と納得してしまっている事ってたくさんあるのだろうな、という想像もつく。 内容についてはいまさら「19日わかった」じゃないだろうに。読売さんは19日まで知らなかったんですか(笑) 確かに、HFCがいかに公的資金に寄りかかった経営をしてきたか、という指摘自体は間違いではないが、「事実上回収不能」という決めつけは妥当ではない。融資の返済については今のままではいつまでたっても不可能だから、減増資して経営を健全化して、将来的にきちんと返済できる体制を作りたい、というのが今回の話なはず。返す気がないなら問題をただ先延ばしにすればいいのだが、そうではなく健全化するための第一歩としての減増資である。 ただ、今回の減増資問題、HFCのやりかたに問題があるのだと思う。減増資する、というプラン自体はいいとして、「減増資すればその後本当に経営は健全化するのか?」「融資を返済するためにどういう筋道を立てているのか」ということに答えられていない印象がある。減増資して債務超過さえ解消すればなんとかなる(Jからの条件クリア)、みたいな安易な考えは許されない。そもそも、こんな重要な問題は事前に十分な協議、根回しをしておく必要があったはず。減増資計画が公になった時点では関係各所了解済みというところまで進めておかなければならなかった。もし批判があっても、それはそれとして粛々と計画を進められるように。そうすれば、今回のような記事を書かれることもなかっただろうし、仮に書かれたとしても、ダメージをあまり受けずに済んだはず。 さて、そんなことを言っても書かれてしまったものはしょうがない。なかったことにはできない。サポーターの日常の中でも、今回の読売の記事を含めてコンサドーレに懐疑的な批判的な議論は存在すると思う。その時に「読売批判」で反論するのは「議論からの逃げ」「逆ギレ」と受け取られかねない。ここはなんとか理論武装したいところなのだが、児玉社長のいう「コンサドーレは道民の財産で、つぶしてしまえば大きなマイナス。」では通用しないと思う。ここは一つ一つ丁寧に説明をして、理解を求めることが必要だろう。将来的には公的資金に依存しない自立した経営を目指しているということ、一つ一つの事柄がそのベクトルに向けて進められているということ、将来道民に「コンサドーレを潰さないでよかった」と言ってもらえるようなクラブ作りを進めるのだということ、サポーターもそれを目指して頑張っているのだということ、そういうことを丁寧に語っていきたいと思う。 「コンサドーレは道民の財産」というのはクラブ関係者やサポーターが言うのではなく、サポーター以外の人にそう認めてもらって初めて意味のあるものである。そう言ってもらえるように、私なりにできるだけの努力をしていきたい。
2008年01月21日
浜田省吾。55歳。ロック歌手。 浜田省吾(通称浜省:ハマショー)を聴き始めたのは大学生の頃。友人に勧められたのがきっかけだった。その友人には佐野元春も勧められたのだが、佐野元春には興味が湧かなかった。当時はアルバム「DOWN BY THE MAINSTREET」が出ていた頃で、その中の曲「MONEY」が結構評判だった気がする。友人に浜省を勧められた私は、とりあえずレンタルレコード(まだCDは普及していない)店で彼のデビューアルバム「生まれたところを遠く離れて」を借りてきて聴いてみた。その1曲目「路地裏の少年」を聴いた時は、衝撃を受けた。「あぁ、これだよ、これ。俺が求めていたのは!」 以後近くにあるレンタルレコード店に置いている浜省のレコードは片っ端からレンタルして聴いた。そうした頃、発売になったのが名アルバムの誉れ高い「J.BOY」。1986年発売。「J.リーグ」をはじめ、この「Jナントカ」っていう呼び方のハシリは浜省の「J.BOY」と言われている。この「J.BOY」は2枚組LPで、その時点の浜省の集大成であり、かつ浜省のアルバムの中でも最高傑作といわれるものである。学生時代はあまりお金もないので、レコードはほとんど買わず、レンタルばかりだったのだが、さすがにこの「J.BOY」は躊躇なく購入した。その後は浜省にどっぷりである。ファンクラブに入会し、札幌で行われるコンサートには欠かさず行った。 浜省は社会派ロックである。広島出身のためか、戦争や核といったテーマの曲もにも正面から取り組む。年齢を重ねても、永遠のロック青年のように思っていた。がしかし、1996年に発売されたアルバム「青空の扉」からは全く違う印象を受けた。永遠のロック青年だと思っていた浜省がなんだか年相応のものわかりのいい中年になってしまったような・・・実際中年なんだけど・・・そんな印象だった。ロックな浜省はどこいっちゃったの?? 自分の気持ちの中では、このアルバムは受け入れられなかった。何事も時間と共に変化していくもの。浜省も年齢相応に変化していく。そういうアルバムだったということなのだろうけど、思い入れが強いとその変化を受け入れられない場合があるのだ。私の場合はこの「青空の扉」がそれだった。 その後はコンサートにも行かなくなってしまった。でも、今でもたまにライブDVDを見ると「やっぱ浜省はいいなぁ」とは思う。 【ポイント】 思い入れが強くて変化を受け入れられなかった 【コンサに寄せて】 結構難しい問題だと思う。コンサドーレも常に変化していく。柳下監督時代に思い入れの強い人の中には三浦監督のサッカーが受け入れられないという人もいたと思う。選手も監督も戦術もチーム状況も、常に変化していくのがサッカークラブの常。できればそういう変化の中でも変わらない「コンサドーレ魂」みたいなものを築くことができればいいと思うのだが。
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