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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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私の熱が冷めたわけ~プロレス

2008年01月14日

子供の頃、プロレスはアントニオ猪木の新日本プロレスとジャイアント馬場の全日本プロレスという二大団体があった。私は新日派であった。タイガーマスクが登場し大きなブームとなった。私もプロレス大好き少年だった。

プロレスと言えば当時必ず言われたことがある。
「どうせプロレスは八百長だろ」
プロレスに対する無理解な言葉にいつも腹を立てていたのだが、高校生の頃私が唱えていたのは「プロレス=手品」論である。
手品にタネがあるように、プロレスにもタネがある。手品師が「タネも仕掛けもありません」と言うようにプロレスラーは「プロレスは真剣勝負だ」という。つまりプロレスを八百長だというのは手品をインチキだと言うのと同じで全くナンセンスであると。そういうとアンチプロレス派の友だちには「てことはやっぱり八百長ってことだろ」などと言われ「だからそれがナンセンスなんだって言ってるだろ」と、以下堂々巡りであった。プロレスファンにとってはこの問題は重要で、「プロレス=八百長」論を跳ね返す論を自分の中に確立するということがプロレスファンとしてのアイデンティティともいえた。

しかし、この問題はある結末を迎えてしまう。
新日本プロレスの元レフリー、ミスター高橋が書いた暴露本の出版である。彼は一部の例外を除き、自分の知りうるプロレスの試合は全て事前に勝敗を決めているということを暴露した。この本はプロレスファンに大いにダメージを与えたと思うし、プロレス人気の衰退に一層の拍車をかけたと思われる。
私はこの暴露本は非常に悪質だと思っている。「プロレス=手品」論に則して言えば、この本は手品師の助手が手品師本人の許可も得ずに手品の種タネあかしの本を書いたのと同様である。著しく道義に反する行為であると断ずる。
しかし、私自身はこの本に対し怒りはあれど、その内容には特段驚かなかった。よってこのことは私がプロレス熱が冷めたこととは関係ない。すみません、長い横道にそれてしまいました。

プロレスについてはその性質上、一つの重大な問題を抱えていた。それは「自分がトップになるには自分で団体をつくるよりない」ということ。プロレス団体の社長がレスラーということが問題の根元かもしれない。私が社会人になったあたりからプロレス団体の分裂、乱立が続き、どこに焦点を当て、何を見たらよいかさっぱりわからなくなってしまった。当然、世間的に見てもプロレスの人気、認知度はみるみるうちに下がっていく。
こと、プロレスに関しては私の熱が冷めたというよりは、プロレス界が勝手に自滅していったように感じている。
ある意味これはプロレスの宿命だったのかもしれない。その価値や解釈をあまりにも受け手に委ねすぎていたのではないか。いざプロレス界が衰退したとなって、それを守ろうとしたときにプロレスの「何」を守るべきなのかがプロレスファンの中でもバラバラなのだから、プロレスを守るパワーというものを結集することができない。離合集散を繰り返すばかりである。

今はどちらかというと旧来のプロレスよりもエンタメプロレスの方を面白いと感じるようになった。「ハッスル」や「WWE」。それと女子プロレスは全般的に面白いと思う。何を見せたいのかという軸をしっかり持つことがやっぱり大切で、その点ではエンタメプロレスの方がしっかりしていると思う。

【ポイント】
離合集散の末のプロレス界の自滅。

【コンサに寄せて】
企業経営上、内部分裂の末ダメになっていく会社というのはたくさんある。
HFCには経営の軸をしっかり持って一枚岩で頑張ってもらいたい。