2007年12月15日
選手の意識が構造を変える
私は子供の頃からプロ野球をよく見ていた。 その中で常々思っていたことは「どうしたら巨人中心主義を変えることができるのか」であった。 私は小学4年生までは巨人ファンであった。というか、テレビも新聞も全部巨人ばかりだったから幼い小学生としては必然のことでもあった。 しかし、5年生の時、選手名鑑で最多勝を取った東尾投手の存在を知ったときから私の野球観はガラリと変わった。東尾は当時太平洋クラブライオンズの投手だったが、「こんな知らないような地味なチームにこんなすごい投手がいるなんて!」と私の興味は一気に東尾に傾いた。以降、私の興味はパ・リーグ一本。そして、不人気パ・リーグの悲哀を何度も味わってきた。とにかく巨人中心主義を変える以外には未来はないと思ってきた。 しかし、その方法がわからない。どうしたらあの巨人帝国の牙城を崩すことができるのか。 現在は既に私が子供の頃から思ってきた「巨人中心主義からの脱却」は果たされている。今更「野球は巨人」ではない。巨人天国だった北海道も日ハム一色になった。 なぜこうなったのか。複合的な理由があるとは思うが、一番大きな影響を与えたのは野茂から始まった選手のメジャー志向だと思っている。 「野球は巨人」の時代、選手は誰もが巨人の選手になることに憧れた。野球選手としてのゴール、双六のアガリは「巨人OB」の肩書きを持つことであった。引退しても、巨人OBかどうかでその後の人生は全く変わってしまう。ところが、野茂のメジャー移籍以降は様相が変わった。選手の目指すべきはメジャーリーガーとなった。このこと自体は私はあまり歓迎していない。日本人自身が日本のプロ野球をメジャーの下位リーグと位置付ける行為だからだ。とはいえ、日本人メジャーリーガーが活躍すれば、それは日本野球の地位向上にもなるので、一概に悪いことでもないとは思う。話が逸れた。要は選手がメジャーリーグを目指すようになったということは、「巨人」はもうアガリではなくなったということである。野茂、イチローはもちろんだが、あの松井秀喜ですら「巨人」より「メジャーリーガー」を選んだのである。この時点で日本プロ野球の頂点に君臨していた巨人帝国は崩壊したのである。 相対的には日本プロ野球の人気は低下している。それは野球だけに限らない。大相撲やプロレスなど昭和のスポーツ娯楽は皆現代においては人気が下降している。趣味の多様化、多チャンネル化によって時代が変わっていくのは当然であり、その中で昭和の娯楽スポーツも生き残りを模索している。 プロ野球はそんな中、新しい秩序を模索している真っ最中であるが、それは選手の意識が構造を変えた一つの重要な事例として大きな意味があることだと私は評価している。
posted by たじ |08:56 | スポーツ | コメント(2) | トラックバック(0)
