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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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立っているだけの人

2007年05月16日

私は試合を生観戦する機会は一年に1,2回だ。生観戦のチャンスといえば室蘭や函館での試合の時。今年は既に1回、3/31のセレッソ大阪戦を観戦に行った。
生観戦機会の少ない自分は、応援に対するスタンス、どこの席で見るかということも結構その時次第であった。が、最近はおとなしく座って試合を見る気分にはなかなかなれず、基本的にはゴール裏のどこかで立って応援するというのが自分のスタンスとなっている。
応援というのはひとに強制されるようなものではなく、各自が自分のしたいように応援すればいいのだが、しばしば「ゴール裏は○○すべき場所」といった議論がなされることも事実。確かに周囲と全然違う行動を取る人が混じっていると互いに不幸せな気がするのだが、実際にはこの問題は簡単には解決されないものである。

よく、「コールも歌も手拍子もなにもしないのに、単にゴール裏で立っているだけの人」あるいは「立って野次っているだけの人」の話を聞くし、実際にそういう人は見かける。本人居心地悪くないのだろうか、なんて疑問に思っていたのだが、なんとなくその気持ちがわかるような気が最近してきた。
要は「座ってみる気分にはなれない」という人なのだ。「立つ」且つ「黙ってみる」又は「立つ」且つ「野次る」というスタンスの人はどこに行けばいいのかといえば、結局ゴール裏の熱烈応援ゾーンしかない。立つことが許容されているのはそこしかないから。
「立つからには歌やコールや手拍子をしなければならない」という強要はできない。棲み分けしようにも、他に行くところがない。だから当然、熱烈ゾーンの中に「立っているだけの人」が存在する。

なにを今更という話なのだが、生観戦経験が少ない自分は結構気づいていないことがたくさんあるのだろうな、と改めて思うのである。