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HN:たじ たこ焼きの移動販売「ほっと12」の店主です。 2001年からコンサドーレのサポートシップスポンサーを継続中。 このブログは旧題「たじ争論」でしたが2010年より「たじの○○な話」に改題致しました。 個人的に好きなことや興味のあること、気になったこと、その他いろいろを特にサッカーやコンサドーレにとらわれずに適当に書いてこうと思ってます。

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プロとは何か

2006年02月20日

プロとは何か?
前に、頭を整理して書く、と宣言したが、果たして私の頭は整理されたのだろうか。

職業人はその形態、内容の如何を問わず、何かのプロである。これは間違いない。
一応先に私なりのプロの定義を述べる。
プロとは「業として自らの行為により生み出される社会的価値の対価を受け取るもの」である。
「業として」というのは、反復継続することである。私財を売って対価を受け取ってもそれは「業」ではない。詐欺や泥棒の行為には「社会的価値」が認められないから、そのような行為で金銭を得てもそれはプロとは呼ばない。私的労働は「対価」を受け取らないからプロとは呼ばない。家事のプロは主婦ではなくて家政婦である。ココはツッコミ入りそうだが、あえてそう定義する。家事労働はもちろん「社会的価値」が高いが、「プロ」の定義を考えるにあたっては混乱するので「対価を受け取る」ことを定義とする。

私は脱サラして現在たこ焼き屋をやっているわけだが、さすがにこういった小さな商売を1人でやっていると、自分の生み出す社会的価値というのは明確である。350円のたこ焼き一箱売れれば、350円分の社会的価値を生み出したことになる。いくら美味しいたこ焼きをたくさん焼こうと、誰も買わないのであれば、実際には社会的価値はなにも生み出されていない。
会社員のような組織の一部となると、なかなかダイレクトに自らの行為(仕事)の社会的価値を感じることは難しい。しかし、自分の仕事がどういう仕組み、理屈で最終的に給料という形で対価を受け取るのかを理解することがプロ意識ではないかと思う。お金は天から降ってくるわけではない。

プロサッカー選手について考えるならば、彼らはサッカーが上手いからお金を貰えるわけではない。プレイヤーとしての能力は道具である。その道具使って実際のプレー、パフォーマンス、キャラクター等によりサッカーというエンターテイメントを提供するのがプロサッカー選手である。単にサッカーが上手ければ良いというものではない。

なんだか、「沢山稼いでる奴が社会的価値が高い」といっているように思われるかもしれないが、そういうわけではない。対価を得ない社会的価値というのはたくさんある。ただプロというならば対価に見合う社会的価値を提供する責任があると思うのである。



post by たじ

09:50

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