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2006年11月13日

【小説】居酒屋こんさどおれ 第十話

この物語はフィクションであり、実在の人物、団体とは関係ありません。

居酒屋こんさどおれ
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第十話 甘いこと

「現実は育成を言い訳にしてるだけだよな」

石山さん(第5話参照)のいつもの辛口批評である。
須永君(同)も負けずに応戦する。

「というか、他に方法がないんじゃないですか。お金がないチームなんだから育成路線でいくしか。そう決めて五段階計画つくったんだから、言い訳も何もそれが現実だってことじゃないですか」

「冷静に考えてみろ、須永。育成ってのは短期的な成果のでないことに投資するってことだ」

「もちろんそうですよ」

「つまり、短期的に成果のでないことに投資するってことはお金があるから出来ることじゃないのか?お金がないから育成ってのは矛盾だと思わないか?」

「えーっ。いや、そういうことじゃなくて、お金がないから若くて年俸の安い選手を育てて強くするってことだと思いますけど。別に矛盾してないんじゃないですか」

須永君の答えに石山さんは少し小さな溜息をついたようだった。グラスを右手に持ったまま、なにかこれから話すことを口の中に溜めているようにも見えた。

「例えばだな、経営体力のある大企業は新卒の社員を採って研修、教育をして一人前の社員に育てることが出来るけど、経営体力のない中小企業は新卒を育てる余裕がないから即戦力の中途採用の社員を採る。それが普通だ。しかし、その中小企業が新卒ばっかりとって、いきなり現場に出して業績が下がったとしたらどうだ?それって育成だと思うか?」

「サッカー選手とサラリーマンを同列にしていることが変だと思いますけど・・・」

「お前もほんとに甘いね。本質に違いはないんだよ。お前みたい甘い社員を雇ってられるのはウチの会社に経営体力があるからなんだって。」

「なんで僕の話になるんですか。話をすり替えないでくださいよ、石山課長。」
須永君はまた始まったか、といった表情で語気をを強める。

「ひょっとして、須永、お前はサラリーマンに比べてサッカー選手の方が厳しい世界だと思ってるのか。サッカー選手は一年でクビ切られるかもしれないとか、長く続けても10年、15年だとか。」

「違いますか?」

「お前は自分が安泰だと思ってる?いつクビになるかわからないとか、いつ会社が倒産するかわからないとか、そういう危機感、緊張感は持ってないのか?」

「そりゃ、ありますよ。でも、サッカー選手と同じだとは思わない」

石山さんはまたしても言葉を溜めているようである。右手に持っていたグラスの焼酎を一気に飲んだ。そして空のグラスに焼酎を注ぐ。ゲンさんは毎度のことはらはらしながら二人のやり取りを見ている。石山さんはグラスの焼酎を半分くらい飲んでから、そのグラスをトン!と少し音を立てて置いてから話し始めた。

「サッカー選手は長く続けても30代でだいたい引退だ。それからの人生いくらでも新しいことが出来る。サッカー選手がクビになって自殺したなんて話は聞いたことない。けどな、中高年の自殺ってのは2万人以上いるんだよ、毎年。五十になって、いきなりリストラされて、あるいは会社が倒産して、そんな歳になってからじゃ再就職もままならない。子供の教育に金はかかるし、住宅ローンもある。結局にっちもさっちもいかなくなって自殺するヤツが2万人もいるんだよ!それがサラリーマンの世界の現実よ。お前みたいな甘いこと言ってるヤツが2万人の方に入っちゃうんだよ!」

須永くんは意外な話の展開に面食らったようだ。須永君は石山さんに顔を向けたが、石山さんは何か一点を凝視するように正面を向いたままで、須永君の方を見ようとしない。

「あの・・・自殺だなんて極端な話されても、話がワケわからなくなってますよ、課長。」

「オレの昔の上司がそうだった。大学生と高校生の子供がいてな。驚いた。なにも自殺しなくてもって思った。葬式の時の子供達の姿を見たときは涙が止まらなくなった」

石山さんの肩が少し震えているようだった。グラスを握りしめる手に入っている力とは反対にその声は少し小さくなった。

「オレは絶対こうなるわけにはいかないと思ったね。その時はまだ三十そこそこだった。娘も二歳だ。自分の娘にはこんな思いをさせちゃいけないって思った。それからは必死だ。いつなにがあるかわからない。いつ何があってもいいようにスキルを身につけ、人脈を広げた。だから今のオレは明日会社が倒産しても仕事に困らない自信がある。それだけのことはしてきた。だからお前みたいな甘いこと言ってるヤツがいると歯がゆくてしょうがない。」

須永くんはじっと黙っている。重たい時間が漂った。

「なぁ、ゲンさん。ゲンさんはどう思う。」

数分の沈黙のあと、ようやく口を開いた石山さんはゲンさんに話を振ってきた。

「そうですよね。生きるってことはどんな道であっても大変なことですよね。楽な仕事なんてないですよね。まあ、何があっても振り込め詐欺なんかしちゃいけない・・・」

その瞬間、石山さんが手に持っていたグラスに入っていた半分程の焼酎がゲンさんの顔に飛んできた。

posted by たじ |09:40 | 小説 | コメント(2) |

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この記事に対するコメント一覧
Re:【小説】居酒屋こんさどおれ 第十話

 中原くんの監督論の続きを期待していましたが,今回の話もこれまた興味深い展開で続きが楽しみ^^;
 私個人は「HFCが方向性を定めて,それに沿った監督と選手を揃えてチームを作る」と考えているので「監督が誰か」というより,HFCが今の方向性を維持してくれればと思っています.
 さて,中原くんがどう考えているのか,楽しみです(^.-)

posted by ほそかわ@宮の沢です| 2006-11-15 00:08

Re:【小説】居酒屋こんさどおれ 第十話

>ほそかわさん
えーと、たぶんご期待にはこたえられないと思います。
私も中原君がどう考えているのかわからないですから(笑)

posted by たじ| 2006-11-15 11:56

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