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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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2008年10月25日
19日から続けてきた降格を受けた一連のエントリーの締めくくりです。 日韓ワールドカップのあった2002年には、いろんなサッカー本が出ました。中には、フーリガンの恐ろしさを煽り立てるようなものもあったんですが、ある本を興味本位に買ってしまったんです。その中にあったイングランドのフーリガンの言葉が忘れられません。 「俺にとってクラブは血を分けた子どもなんだ。お前は、お前の子どもが出来の悪い劣等生だからと言って、見捨てることができるか。できないだろう。それと同じさ」 とどのつまり、そういうことなんだろうと思います。強いチームを応援したければ、浦和のサポになればいいのです。実際に、道内には浦和サポはいっぱいいます。 でも、残念ながら浦和と私の間には血の繋がりがない。 ただサポとクラブの関係が親子と違うのは、親子が一対一の、ひょっとすれば話せば変わる関係なのに対して、サポとクラブの関係は多数対多数。しかも、サポはあくまでもサポという象徴的な存在でしか無く、実際の親のように子どもに手を愛の鞭を振るったり、小遣いを減らしたりと、具体的なアクションはできません。 実のところ、私個人がいくらHFCはかくあるべきだと熱弁をふるっても、現実的に、私の提言なり意見が、取り上げられることはありません。コンサドーレのことを真剣に考え、たとえば「5段階計画などをいまも盲信する村野こそ降格の責任を取って辞職すべきである」と結論づけても、私の意見が通ることはありません。選手起用にしても、戦術の選択にしても、私個人の意見が採り上げれることはないんです。 では、そのなかでサポとして何ができるのかというと、とどのつまり、どんなことがあろうと、ポジティブに解釈し続けることだろうと思うんですよね。 例えば20年スパンの五段階計画。「プロクラブがこんな悠長なことを言い始めたらもう終わりだ」と思えば最後はサポを辞めるしかなくなりますが、「おお、他のどんなクラブもやっていない画期的な方針だ」と思えば、しばらくサポを続けられます。 モノは考えよう、とか、モノは言いようとかありますけど、降格しても、J2で最下位になろうとも、地域リーグまで落ちても、存続さえしていれば「この苦難も将来に飛躍するための貴重な勉強だ」とか、いくらでも前向きな解釈をし続けることはできるんです。 イタリヤに行ったことも、イタリヤのサポと話したことも無いけれど、理不尽が日本以上にまかり通るセリエで、多くのイタリア人がサポを辞めないのは、彼らが日本人以上にポジティブシンキングが得意だからではないでしょうか。 ということで、一生をコンサドーレ札幌のサポであると誓った私は、コンサドーレがどんな状況になろうと、全力を挙げてポジティブに捉えます。前向きに解釈し続けます。
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コンサドーレの試合をはじめて見たのは、招待券で見た1996年伝説の厚別初戦。ペレイラのフリーキックと、オテーロのVゴールを目撃しました。娯楽の少ない北海道で、それは衝撃的な体験でした。そして実際に自分がファンからサポーターになったのは98年に、オフィシャルサポータークラブに入ってから。以来、今日までホーム全試合観戦を目標に、シーズン券を買って、応援を続け、たとえJ2の最下位になろうとも、年間に5回しか勝てなくとも、(実際になりましたが)、チームがある限り、サポであり続けることを誓って、今日まで生きてきました。
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