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関東の田舎暮らしも長くなりました。 でも「住めば都」でアナログ人間の私にとってはちょうどいいのかもしれません。 正午と夕暮れの音楽が町中に流れる田舎から札幌を追いかけます。
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2007年06月19日
「コンサドーレの応援の方ですか?」 「はい、そうですけど」 「よく来てくれました。さあ、向こうでみんなが待ってます!」 10年前の9月4日、等々力の川崎F戦でのことです。 この日は土砂降りの雨、電車の駅からカクテル光線に向かって歩く途中、足場が悪くてな かなかたどり着けない。 足もとが洪水状態でやっとスタジアムに着いて、屋根付きのバックスタンドに向かう途中 で冒頭のやり取りがありました。 それまでコンサの試合はすべてメインスタンドで見ていたわけですが、この日はとてもそ んなことができないので、とにかく雨から逃れたい。 そういった偶然があったにせよ、見知らぬ人から声をかけてもらっただけでなく、丁寧な もてなしまで受けるなんて、本当にうれしかったし、申し訳ない気持ちでした。 前にあった笹田さんの企画の私なりの答えなのかもしれませんが、この日のことがあった から、ずっとコンサと付き合って来れたんじゃないでしょうか。 同じベクトルに向いているとはいえ、見ず知らずの人に良くしてもらったことは絶対に忘 れませんから! この1997年は、静岡愛鷹(あしたか)でのジャトコ戦、江戸川での東京ガス戦、甲府小 瀬での甲府戦を見てきましたが、愛鷹や小瀬ではゴール裏の応援といっても、1つ2つの 断幕とともに5人から10人ぐらいといったところ。 平日の雨の等々力はどうだったでしょうか。100人いたかな。 さて、コールリーダーはあの名物リーダーだったんでしょうか、試合前の呼びかけは、 「宿敵、川崎◯ホンターレをやっつけよう!」 みたいな感じだったと思う。 だけど、今のような応援と違い「やれる人は一緒にやってよ!」っていう感覚だったんじゃ なかっただろうか。 試合の結果は厚別の奇跡の再現だったわけですが、驚いたのは、2点差を追う展開だった 札幌側に地元の小学生が応援に加勢してくれたことです。 そのころは雨も止んで、札幌ペースになってきたわけですが、誰に言われたわけでもなく、 自然発生的にあの場にいた全員が声を出し始め、いつの間にか川崎側から小学生が何人も 来て、最前列で「コーンサドーレ!」って声を出してくれたんですよ。 当時の彼らは今どうしているかわかりませんが、本当うれしかった! そんな願いが叶ったのか、Vゴールの時には… もうほとんど覚えていません。 そういえば、東芝サッカー部の関係者だった人から名刺をもらいました。 歌を歌ったわけではなく、あの日は歴史の生き証人の確認みたいな終わり方でしたね。 あなたもいたんですね、みたいな… 名前は知りませんが、あの時私に声を掛けてくれた人には本当に感謝です! おかげで今もこうして応援を続けているんですから。
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