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札幌市在住のダイです。無類のフリーキックマニアです。サッカー以外にも野球やモータースポーツ(特にF-1)も大好きです。水曜どうでしょうとSaku Sakuが大好きです。
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2005年12月09日
今回は全くサッカーに関係のない話になります。なので興味のある方は続きをどうぞ。
前々からやりたかったF1に関する内容で今回のブログを展開します。
F1を見出したのは90年の夏からでかれこれ15年は超えようかというF1ファンです。今回は「F1ドライバー列伝」という、ゆうえんちくじらさんが使いそうなタイトル(?)で始めさせて頂きます。
で、早速誰について書こうかなと考えた時にやっぱり最初は彼だろうと・・・・そう、「音速の貴公子」と呼ばれた人です。
Ayrton Senna da Silva アイルトン・セナ・ダ・シルヴァ
84年トールマン(後のベネトン、現ルノー)からデビューをしそのころから天才振りを発揮する。その年のモナコGPで雨の中激走を見せトップになった・・・かと思えば赤旗中断でレース終了、結局2位になる。
それから86年ポルトガルGPで初優勝、デビュー16戦目での快挙だった。
で、87年運命的な出会いをする。ホンダとのジョイントをし「ロータスホンダ」が発足、その年のモナコGPでモナコ初勝利、以後6勝を挙げ未だにその記録は破られていない。モナコマイスター誕生だ。
88年マクラーレンヘ移籍、アラン・プロストとコンビを組みその年二人で16戦15勝という圧倒的なシーズンを送りセナは初のワールドチャンピオンに輝く。そして90年、91年とチャンピオンになる。
が、94年5月1日サンマリノGPにおいてタンブレロコーナーでクラッシュ、そのまま帰らぬ人となってしまった。
通算勝利数41勝、通算ポールポジション65回、ポールの記録も未だに破られていない。そして雨のレースにめっぽう強かった。
セナのベストレースを挙げると92年のモナコと93年のヨーロッパGPがふさわしいかもしれない。
92年のモナコGP、ナイジェル・マンセルが独走していた年、モナコにおいてもナイジェルが操るウイリアムズFW14Bは圧倒的な強さを誇っていた。ほぼ優勝確実な終盤、ナイジェルがなぜかピットインしてタイヤ交換、その間にトップに立ったのはセナだった。そこから猛烈に追い上げるナイジェル、それを必死に押さえるアイルトン、デットヒートという言葉がふさわしいレースになった。結果セナが逃げ切ったがナイジェルも納得の表情、自分を出し切って清々しかったのだろう。
93年のヨーロッパGP。場所はイギリスのドニントンサーキット。セナが一番最初にF1ドライブ(83年ウイリアムズのテスト)した思い出の場所、天候は雨。予選8番手からスタートしたセナは最初から飛ばしまくり、たった1周でトップに躍り出てしまう。そこからはセナの独壇場だった。ライバルたちに圧倒的な差を見せつけて優勝、レインマイスターの実力をまざまざと見せた。
僕はアイルトンの大ファンで中学、高校とセナと話がしたくて英語を必死に勉強した。その夢が絶たれてしまったわけだけど僕の心の中ではいつもアイルトンがいる。アイルトンがかぶっていた帽子(レプリカ)もある。いつかブラジルに行ってセナのお墓に行きたいと思う。
そういえばセナが死んだ94年、アメリカワールドカップが行われ見事にブラジルがイタリアを破って優勝した。その時ブラジルの選手が持っていた幕があってそこにはこう書かれていた。
アイルトン・・・この勝利を君に捧ぐ・・・
Ayrton・・・Forever・・・
さて、楽しんでいただけたろうか?もし好評なら第2弾を書く予定です。次は「教授」について書こうかな?
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