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九州は宮崎在住のコンササポです。不思議なご縁で、縁もゆかりもない北海道のコンサドーレ札幌を応援しています。 コンサドーレ札幌と「水曜どうでしょう」にはまっている、北海道大好き人間です。
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2008年06月11日
交通の便利さを考えて札幌駅の近くに、ホテルを取りました。 荷物を整理して、仮眠を取りました。 そろそろGさんが、来る時刻です。はっきり言って、気が重かったです。 「最初に、断っておけばよかったね・・」「宗教関係だったら、どうする?」 「今さらそんな事、言ったって・・・・」 ホテルのロビーに降りて、すぐに「着きました」とのメールが届きました。 緊張の一瞬でした! 現れた女性は、160センチくらいの普通体型で目のぱっちりした20代後半かと思われる人でした。見た感じがそれ程変わった人ではなかったので、ホッとしました。 食事を誘い、おまけにお店について詳しくないので、Gさんの知っているお店に連れて行ってもらいました。今でもあると思いますが「ライオン」という言葉がつくお店でした。 クラシックを飲みながら、北海道の事、札幌の観光スポット、お薦めの場所などについていろいろと話が弾みました。 悪い人ではないという事は、分かりました。ただどうしても「渡したい物」が、気になってくるのです。 楽しい時間が過ぎ、そろそろお別れしようかと考えた時、Gさんが「これを渡したくって、やってきました」といって、包みを私にくれました。 それほど大きい荷物ではなく、重さもそれ程ありません。 「一体なんだろう?」と思った瞬間、Gさんが「すみません、開けてもらえませんか」と言ったのです。 「なに?この人」「もらったこの場所で、開けろと言うの?」 ちょっぴり「礼儀知らずな人だな!」と、思ってしまいました。 「じゃあ・・」というわけで、包みを開けました。 「鉛筆?消しゴム?缶ペン?・・」「なに、これって?」 Gさんが「私、実はコンサドーレ札幌のサポーターをしています。北海道にわざわざ来られるクラシックさんに、なんとかコンサの事を知ってもらいたくて、こんな物を用意しました」と、話してくれました、 包みのほとんどが、コンサドーレ関係の品物でした。鉛筆、消しゴム、缶ペンペンケース等々、あとちょっぴり北海道のお菓子が入っていました。 お礼を言って、Gさんと別れました。もう2度と会う事はないだろうとこの時点では、思っていました。 ホテルの部屋に戻って、あらためて包みの中の物を出しました。喜んでいいのか?はっきり分かりませんでした。思わぬ物をもらってしまい戸惑ってしまったのです。 「ああいう人って、いるんだ!」 「すごいよね」 食事をした事もあって、Gさんに対しては好感を持ちました。ただ、見知らぬ私たちにコンサドーレのグッズを渡すその気持は、とうてい理解できるものではありませんでした。 「変な人でなくって、よかったね」 「親切な人だよね」 Gさんのことは、北海道旅行中の一つのエピソードとなりました。宮崎に帰ってからも、何回かメールのやりとりが続きました。しかし、コンサドーレの事についてのメールは、私の方からはしませんでした。 今思えば、一見無謀なGさんの行動が、私とコンサドーレ札幌の最初の出会いとなったのです。 ただ、頂いたコンサグッズは、使われる事もなく、表に出る事もなく、袋に入ったままでした。袋からコンサグッズが出てくるまでには、1年以上待たなければならなかったのです。 2000年の夏、Gさんとの出会いは私に余り意識を持たせることなく終わりました。しかし、コンサドーレ札幌は好調に勝ち点を積み重ね、J1昇格を決めたのです。 コンサドーレ札幌のJ1昇格について、そのころの私には何の感想もありませんでした。ただGさんには「昇格、おめでとう」ぐらいのメールは、送ったのではないでしょうか・・・ しかし、私とコンサドーレを近づける出来事がまたしても起こったのです。 しかも「宮崎に住んでいるのに、どうして?」という形で・・ 第3章に続く ※ 長い文章になりそうです。簡潔にまとめる事ができなくて申し訳ありません。 >大沢さん 「ブルノス宮崎」というチームは、確かにあります。宮崎地区リーグではなく、西都市地区リーグに所属しているために、情報が入りづらい状態です。今年も活動しているのか、確認できたらまたお知らせします。
2008年06月11日
私は、生まれも育ちも宮崎県です。こんな私のエントリーに、30万件ものアクセスを頂きありがとうございました。私がどうして、縁もゆかりもない北海道の「コンサドーレ札幌」のサポーターとなったのかを知って頂きたいと思いエントリーする事にしました。 選手もオフ期間中ですので、このような極私的なことをエントリーする事をお許しください。 宮崎を離れていたのは、大学浪人中に、博多に1年、2浪目に東京に1年、大学在学中の愛知県の4年、合計6年に過ぎません。自分の人生においては最も有意義な6年間だったのですが、大学の親友に北海道出身者がいたこと以外は、北海道との接点はありません。大学を卒業したら、即宮崎に戻ってきました。 サッカーをやったことは、授業の一環として受けたことがあるだけです。でも、見るのは昔から好きでした。先日亡くなった長沼監督ー岡野俊一郎コーチの元での日本の試合はテレビ放映がある時には、必ず見ていました。 ただ「サッカーが好きだ」というのではなく、ラグビーも駅伝もマラソンもテニスも、「スポーツ中継を見るのが好き」という感じでした。 あるサポーターが「宮崎は、人間をダメにする」と最近エントリーしていました。近年「スポーツアイランド」と標榜しているものの、宮崎県のスポーツのレベルは「旭化成」と一部の部門の一部の団体以外は、低いです。風土がダメにするのか?人間がダメなのか?とにかくこれが悪いというのではなくのんびりとした、人のよい県民性とかが、影響していることだけは確かでしょう。 ですからJリーグが発足しても、遠い世界の出来事を見るようなものでした。 ただテレビ中継で試合を見た時「こいつら、最後まで走っている!」と感心したことをはっきりと覚えています。「コンサドーレ札幌」というチームが、北海道にあることぐらいは知っていたと思いますが、記憶が定かではありません。同じ九州内の「アビスパ福岡」も「サガン鳥栖」もその存在自体も知らなかったくらいですので、コンサドーレ札幌もあるいは・・・ 初めて北海道に行ったのは、大学時代の友人の結婚式に呼ばれた時でした。初めての、北海道。観光は余りできませんでしたが、宮崎とは全くことなる風景と食べ物の美味しさに魅了されてしまったのであります。そして空港で飲んだ「サッポロビール・クラシック」は、私のマイフェバリットビールとなったのであります。これが、私のハンドル名を決めるきっかけになりました。 新婚旅行も北海道でした。妻にとっては初めての北海道でしたが、私と同じように北海道が好きになったようでありました。子どもが小学校に入学する前にも、北海道に旅行しました。 2000年夏、家族で2度目の北海道旅行に行くことにしました。「折角北海道に行くからには、地平線が見たい」と、家族の思いが一致しました。そこでサッポロビールのHPに「札幌周辺で、地平線を見ることができる場所を教えて下さい」というコメントを掲載しました。反応は、はっきりいって期待しませんでした。ですが、3名の方からお返事がありました。親切丁寧な返事でした。 その中でも、札幌市在住の女性の方と今は九州在住だが札幌に住んでいたことがある男性とのやりとりが続きました。 女性の方とのやりとりは頻繁に行われ、そのうちHPを通さず直接メールのやりとりをするようになりました。そして北海道に出発する直前、女性(Gさん)から「渡したいものがあるから、札幌での宿泊先を教えてほしい」というメールが届いたのです。 「渡したいものって、何だろう?」「メールのやりとりしかしていない人に、宿泊先を教えていいのだろうか?」等といろいろと心配もしましたし、ちょっぴり悩みました。妻と相談して「女性だし・・」、「渡したいものって、何だろうね・・?」という、全く危機管理の意識がないまま、会ってみる事になったのです。 「コンサドーレ札幌10年史」によれば、200年夏コンサドーレ札幌は岡田監督就任2年目で、J1昇格を目指して大躍進中でした。Gさんと会った日まで、リーグ戦をまだ2敗しかしていなかったのです。しかし、そんな事は全く知りもしないし、関心もありませんでした。 札幌に着いた日の夜にに、Gさんと会う約束をしていました。会う以上は「やっぱり、物をもらうだけでさようなら・・」はないだろうということで、妻と相談して夕食を一緒にする事を決めていました。 はっきりいってGさんに、会う事は不安でした。旅行の一日目に会う事にしておいてよかったとも思いました。不安を抱えたままで、旅行しなくてよかったという気持も少しはありました。 そして、いよいよGさんとの面談の時刻が来たのであります。 Gさんの正体は?! 渡された物とは?! 第2章に続く・・
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