カレンダー

プロフィール

HN aru 聖地厚別在住  旭川市出身   *変わらず当たり前 1964年生まれ  *いい年齢になってきました 性別 ♀ たぶん  *まだそうだ!たぶん 厚別・函館・室蘭ゴール裏  ドーム Gシート       *今 違う   夢(妄想)・HFC最高幹部次席付電話受付係りなにそれ  *ちょい自信なくなった(本気だったのか?!) 特技・ブログの文章が長すぎること  *書けば長いのだが・・・

最新のエントリー

月別アーカイブ

リンク集

カテゴリー

コメント

検索

ブログのことなんぞ。

2007年03月28日

気の向くまま書いています。
心のどこかで、これでいいのか? という思いがあるのも事実です。
でも、結局 マイペースなんです。

コメント頂いて、携帯で受け取って、嬉しくて、
こうきたか。ならばどう返すか?
などと考える時間があって、そういう時って楽しいものです。

で、いざパソコン立ち上げてどうするかといったら、エントリしちゃう。
よそみしまくる。

よそさまを見ていたら コメントつけたい衝動に駆られる。

でも、自分とこのお返事もしてないのにな・・・
これは、本当に自分だけが変に拘ってしまっている癖なんです。

エントリした時にきちんと前回のエントリのお返事を返しているブログを
見ると、ああああ、素晴らしい・・・・と思うのであります。

以前言われたことがあるんです。
返事が遅くなったりするなら、「100%返す」なんて書かなければいいと。
(プロフィール欄に書いていたりします・・・)

みなさんそうだと思う。コメントついたら嬉しいですよね。
いや、嬉しい嬉しくないに限らず、また返す返さないに限らず、
自分の書いた文章に何がしかの反応があったりするのは、嬉しいですよね。

いろんなスタイルがある。
自分のスタイルは、やはり、来て下さった方にお返事したい。
これは、相手のためかと思いきや全然違うのです。
コメントにヒントを貰えるのです。
そして新たな発見を貰えるのです。
ですから、自分のお返事は、結局自分のことばかり書いてしまっているちっとも
つまんないものになっています。わかっているんです。すんません。
でも、成長させてくれるみなさまに感謝しているんです。

それが今まで続いてきた証し。

こんなブログですが、今後ともよろしくお願いします。



忘れるために。-超私的追悼-

2007年03月28日

私的な日記にて追記とします。


彼は医師だった。
同じ病院の同じ病棟に配属された。
私は配属されたのであって、彼は希望してきたのだ。
いわゆる○○科ってやつを。
今は制度が微妙に違っているけれど。
医学部は6年制なので、普通に卒業し国家試験を通ると
24歳くらいかな?
でも、彼はもともと医学部ではない、まったく別の分野の学部にいて、
医大に入り直して医師になった。
だから、同期の医師たちからは先輩のような年齢だった。
私はまだ20歳くらいだった。

それでも働き出したのは同じ時だから
右も左もわからないのは同じ。
特別に親しくなる機会もない状態ではあったが、何年も共に
いると、お互いの成長ぶりにびっくりすることがあったり、
だんだん意見し合うようになる。
仲良くなった。「喧嘩するほど仲がいい」まったくその通りに。

彼は、自分に自信を持っていた。
決断するのに時間はかかる。しかし一度決断したならば
崇高なくらい、いやアホなくらい、固執した。

ある夜の勤務の時に、彼の患者さんの緊急検査のため、他の科の医師
とともに、緊急で検査室に降りた。
病棟勤務の自分だが行くしかなかった状況だった。
しかし一通りの手順は把握してる。やってやる。
患者さんは私たちを知っていてくれている。
初めての医師やスタッフばかりだと不安に違いない。
無理をしてでも降りていった。
うまくいった。
彼が言ってくれた。
「君でよかった」

いい仕事ができたと思った。

それから何度か2人で飲みにいった。
彼が最初にいた大学のポプラ並木も一緒に散策した。
ロバみたいなポニーかな、なにかいたな。
野球が好きで、さっぱりわからなかったが聞いていた。
彼が好んでいた居酒屋は、今思い出しても、どこかわからないくらい
袋小路の冴えない雑居ビルの中にあって、汚くて、マスターというのか
店主というのか、いずれにしろ、何もかもが冴えない店だった。
野球の話になる。
わからない。
「ヒットってなにか知ってるか?」と聞いてくる。
ホームランの一歩手前で入らなかったってことでしょ?
そう言うと、本当に楽しそうにお腹かかえて店主と笑っていた。
違うよ・・・ぜいぜいしながら説明してくれたけど、よくわからなかった。

回診などについていく。
たまに 患者さんに本気で怒ったり、それが真実の怒りならばわかるが、
まるで自分の鬱積した思いをぶつけるような言い回しだったりしたことが
あった。
病室を出てから言う。
今の言い方はいけない。違う。あんな態度とるべきじゃないよ!

しばらく病棟の廊下に佇んで考える仕草をみせ、
「だな。俺が悪かったな」
そう言うと白衣の裾をひるがえして病室に戻る。
聞こえてくるのは
「すみません。さっきは自分が間違った態度をとってしまいました。
 でも、僕は信じているんです。真剣なんです。わかって欲しくて。
 でも謝ります。またあとで来ます」
そんな声。

大好きな医師だった。

そう。医師として、尊敬していた。
一番最後に覚えている彼の言葉。
「俺と患者さんは戦友みたいなものなんだよ」

残していってしまったんだね。馬鹿野郎・・・

でも、もう忘れるよ。それが一番の望みだろうから。
言いたくない。でも言う。
バイバイ。


post by aru

10:49

日記 コメント(3)