2006年06月08日
鈴木智樹
鈴木 智樹(すずき・ともき) 1985年6月8日生まれ、21歳 2006年 コンサドーレ札幌 #14 MF 2005年 同 #16 MF 2004年 同 #19 MF 2003年 同 #6 MF(天皇杯で2種登録) 北海道岩見沢市出身 岩見沢ジュニアFC→札幌YU-15→札幌Y U-15出身からでは史上初のトップチーム昇格。視野の広さに定評があり、得点機を演出する正確なスルーパスが武器。コンサ史上初となる2種登録での公式戦出場(2003年天皇杯)を果たす 2004年も当然のように開幕スタメンに名を連ねており、当方では当然、ワールドユースや北京五輪代表選出を期待していたのだが…意外と伸び悩んでおり、コンサではレギュラーの座をつかみつたるものの、世代別代表にお呼びがかかることはなくなった。 ま、北京に行くチャンスはまだ残されている。もちろん、その先も…
posted by kaz8 |12:13 | 2006年 | コメント(0) |
2006年06月02日
藤田征也
藤田 征也(ふじた・せいや) 1987年6月2日生まれ、19歳 2006年 コンサドーレ札幌 #25 MF 2005年 同 #31 MF(2種登録、J2出場) 2004年 同 #7 MF(同、背番号は天皇杯時) 2003年 同 #26 MF(同、天皇杯出場) 札幌市出身、SSSジュニアユース→札幌ユース 主戦場は右サイド。スピードと突破力が売り。 中学卒業時には清水などJリーグの複数のチームから勧誘を受けた逸材。ユース時代は1年目から主力として活躍する一方、2003年天皇杯1回戦、対尽誠学園高校戦で途中出場ながらトップチームデビューを飾り、1ゴールも決める。 3年目は主将としてユースを高円宮杯U-18準優勝に導き、J2最終節でリーグ戦デビュー。 正式にトップチーム入りした今年は、開幕戦からベンチ入りを果たし、途中出場を重ねている。定位置確保にはもう一皮剥ける必要がありそうだ。
posted by kaz8 |02:48 | 2006年 | コメント(0) |
2006年05月10日
西澤淳二
西澤 淳二(にしざわ・じゅんじ) 1974年5月10日生まれ、32歳 2006年 コンサドーレ札幌 #3 DF 2005年 同上 2004年 同上 2003年 同 #14 DF 2002年 鹿島アントラーズ #32 DF(シーズン途中に移籍) 名古屋グランパス #18 DF 2001年 同上 2000年 川崎フロンターレ #31 DF? 1999年 清水エスパルス #22 DF 1998年 同 #19 DF 1997年 同上 1996年 ヴェルディ川崎 DF(番号変動制) 1995年 同上 1994年 同上 1993年 同上 東京都杉並区出身 読売ユース 経験は豊富だが、その経験を生かしたプレーを見せてくれているのか、見ていてよく分からない。 2003-05年まで、開幕戦の先発メンバーに選ばれるが、そのせいなのか、開幕戦で勝てないコンサ。2006年は彼が欠場したせいかどうかはともかく、久々に開幕戦勝利(^^;;; 昨年9月に大怪我を負い、現在リハビリ中。
posted by birthday |21:25 | 2006年 | コメント(0) |
2006年04月07日
西嶋弘之
西嶋 弘之(にしじま・ひろゆき) 1982年4月7日生まれ、24歳 2006年 コンサドーレ札幌 #6 DF 2005年 同上 2004年 同上(9月に途中移籍) ヴィッセル神戸 #24 MF 2003年 サンフレッチェ広島 #24 MF 2002年 同(背番号など未調査) 2001年 同上 奈良県河合町出身 奈良育英高
posted by birthday |03:13 | 2006年 | コメント(0) |
2006年02月20日
後藤義一
後藤 義一(ごとう・よしかず) 1964年2月20日生まれ、42歳 横浜FCユース監督(2004年~) 2003年 横浜FC #24 MF 7月に再度選手登録、シーズン終了後抹消 同 アシスタントコーチ 2002年 同 #7 MF シーズン終了後現役引退 2001年 同上 2000年 同上 1999年 同上 1998年 コンサドーレ札幌 #7 MF 主将 1997年 同上 1996年 同上 1995年 ジェフ市原 MF 1994年 同上 1993年 同上 静岡市(旧清水市)出身 清水商高→中央大→古河電工・市原(86-95) 38歳まで現役をまっとうできたのは、横浜FCのようなチームにもなりふり構わず入団したことも大きいのだが(苦笑)、それ以上に、「合理的で無駄な体力を必要としない的確なポジショニングを取る能力の高さ」が挙げられる。決してボールさばきは一流とは言いがたいが、相手の攻撃の芽を先回りして潰したり、効果的な飛び出しでゴールを脅かしたり(枠にはなかなか入りませんが(^^;;; )、ボランチであれどこであれ、相棒との絶妙なバランス感覚をとりながらの仕事ぶりは、指導者としても生かされていくものと信じています。願わくばコンサに戻ってきてほしいとは思ってますが、オファーはあったんでしょうか? そして忘れてはいけないのが、キャプテンシー。プロ在籍3チームではいずれも主将を経験。特に、プロアマ混成の大所帯である初期のコンサは、彼がいなければチームは空中分解していただろうと言われています(退団した途端、本当に空中分解。岡田監督はその対策に頭を悩ませたと言います。2002年も見事に空中分解してくれましたが(メ-_-) )