2006年10月22日

23番は誰?ごめん木島

  OB戦。
 さすがに動きは衰えていたけれど、テクニックのある選手は目立っていた。
 その中では伊藤優津樹、石塚がさすがと思わせるプレー(無駄なテクニックの披露)をしていた。

 黄川田は前半、ポストにあたったボールを蹴ろうとしてこけてしまい、笑わせてくれたが、得意の頭でゴールを決めた。

 私が一番おやっと思ったのは木島だった。「あの23番」は誰だ?
 とふと妻に聞いてしまった。頭と体型が木島と思わなかったのだ。
 申し訳ない。

 しかし、木島は前半、後半とも試合に出続け、すごく活躍していた。
 そのスタミナはやはりただ者ではない。

 他には雄弁になった田渕や全然かわらない、ペレイラや古川。
 
 そしてコンサ在籍2点目となった山橋のゴールは嬉しかった。

 ちょっと残念だったのは、後半が始まる前に試合と被った場内のCM
 そして、終了後の歴代選手のインタビューがやはり被ったこと。

 時間は十分にあっただけにもっと考慮してほしかった。 




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2006年10月19日

コンサ10周年記念イベントOB戦

  いよいよ10周年記念イベントのOB戦が迫ってきた。
 楽しみにしている方も多いと思う。
 
 私も楽しみにしているのだが、チームはユース・スタッフ対OBという図式になるようだ。

 チーム分けだが、なるべく当時在職していたメンバー同士いっしょになるようなメンバー分けを出来ないだろうか。

 ユース・スタッフメンバーだと、DFは名塚がいるが、名塚と言えばと相棒は森である。名塚と森を組ませてもらえないか。

 一方OBチームのDFはペレイラの相棒は古川か

 MFは浅沼と木島は組ませてほしい。そして平川、三浦雅之がDF、
 FWは川合
 このラインは是非見て見たい。

 そして野々村と伊藤優津樹の仲良しコンビ

 見てみたいコンビはたくさんある。

 今からわくわくしている。

















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2006年10月17日

青い?サポーターの三浦雅之(コンサ10年の思い出)

  三浦雅之といえば、私が彼の現役の姿を競技場で見たのは、1試合だけだ。彼は前年は甲府に所属していて、甲府では中心メンバーだったようなことを聞いていた。

 道産子だし、コンサには期待されて移籍してきたはずだが試合に出てきたのは遅かった。

 私が唯一彼を見た試合の1996年9月29日帯広での東京ガス戦。ポジションは右サイドバックだったと思うが、私の記憶違いでなければ彼は大きな青の?サポーターをふとももにつけていた。痛々しいといった印象があったが、プレーは果敢で激しかった。その他の試合でもテレビで見たのだが、サポーターをつけて出場をしていた記憶がある。

 なぜか三浦雅之というと私は彼がつけていた青?のサポーターを思い出してしまう。
 

posted by asa3804 |21:43 | コンサ10年の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年10月13日

もう少しコンサでプレーを見たかった木島

 1996年11月3日天皇杯和歌山大学戦。紀三井寺公園陸上競技場において試合後、試合にはでなかった彼がピッチからスタンドにいた知り合いと思われる人と言葉を交わしていた。
 そして次に手を横にして首を切る動作をした。私は彼のその行為を今でも鮮明に覚えている。
 「俺は首になった。」ということを動作で示していたのだ。

 彼は、切れ味するどいプレーが持ち味でたびたびコンサの勝利に貢献した。そしてその瞬発的なスピードは目を見張るものがあった。

 彼は社員選手であったが、シーズン後半からレギュラーに定着し、チームにはなくてはならないメンバーになっていた。

 翌年の1997年10月22日コンサがJリーグ昇格を決めた厚別のピッチに相手方の選手として立っていたのもなにかの因縁だろう。(ちなみにこの試合では川合、加藤、後藤静臣といった前コンサの選手もピッチにいた。)

 彼もまた川合などと同じく札幌に戻ってきてくれて、解説者やらサッカーの仕事にも携わっている。
 
 彼はたった1年しかコンサにいなかったがもう少しコンサにいてほしい選手だった。

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2006年10月11日

労を惜しまず、がんばる山橋(コンサ10年の思い出)

  1997年6月7日江戸川区陸上競技場東京ガス戦
 何度もチャンスがありながらなかなか1点がとれないコンサ。
 1人退場しながらも圧倒的に攻めるコンサ。
 しかし、どうしてもゴールが決められず、PK戦になった。
 
 5人連続してお互いにPKを成功させた後、
 山橋の番になった。
 心なしか緊張しているように見えた。悪い予感があった。
 案の定、キーパーにボールをはじかれてしまった。

 チームメイトに慰められる山橋。
 私は「泣くな山橋。」「おまえの責任じゃない。」と言いながら
 会場を後にした思い出がある。
 山橋の私の中での印象はこの試合が非常に強い。
 
 山橋のコンサ在籍中の唯一の1点はその前節の6月1日の西濃運輸戦で、前半途中、動きが悪かった吉原に代わって山橋が入り、見事先制点を決めた。

 山橋はゴールこそ1ゴールだったが、
 バルデスと組む機会が多く、バルデスのまわりを労を惜しまずに動き回り、
バルデスのゴールをたびたび演出した。

 すごくがんばる選手との印象が強い。
 現役を引退した後もコンサの解説者として活躍している。
 今はあまり見かけないが、サッカーの指導もしているのだろうか。
 彼のことだから、何をしても労を惜しまず、がんばっているのだろう。
 
 















 




posted by asa3804 |22:26 | コンサ10年の思い出 | コメント(0) | トラックバック(1)

2006年10月02日

Uターンしてくれてありがとう。川合孝治(コンサ10年の思い出。)

 1996年6月23日厚別の日本電装戦。私が初めてコンサを生で見た試合。そこで、Vゴールを決めてくれた選手が川合だった。

 川合は勝負強い選手だという印象が強い。年間8ゴールのうち、3度Vゴールを決めている。

 他に1対0で勝った試合の2試合とも川合のゴールであった。

 グランドではロン毛を振り乱し、ひょうひょうとした感じでゴールを決めていた。

 1年で大分に移籍したが、木島もそうなのだが、札幌に帰ってきてくれた。
 Uターン組の一人だ。 

 今はコンサの熱血サポーター解説者?として活躍しているが、実はレッズも好きらしい。

 でもこれからもあのおもしろい?解説をずっと聞かせて欲しい。

posted by asa3804 |22:47 | コンサ10年の思い出 | コメント(2) | トラックバック(0)

2006年09月29日

コンサのことを一番長く見てくれている人 浅沼達也

 1996年コンサドレマガジンVOL.6の表紙に浅沼の晴れやかな笑顔がアップで載っている。

 10月27日(日)対富士通川崎戦(現在のフロンターレ)。最終戦のサンクスウォークだ。

 浅沼は攻撃的MFで主に右サイドをドリブルで駆け上がり、センタリングを上げ、また、チャンスと見るや自らシュートを打っていくという小気味良いスタイルでピッチを縦横無尽に駆けめぐっていた。
 
 彼は東芝の社員選手にもかかわらずコンスタントに試合に出続けた。
 その一生懸命なプレースタイルは、多くのサポを魅了した。
 当時はコンサで1,2を争う人気選手だったのではないか。
 私も好きな選手の一人だった。 

 一時は社員選手の大量解雇の中に入ったが、翌年プロ契約をして、札幌に残った。
 その後は目立った活躍はしていないが、やめてからもコンサのコーチになり
これまでコンサを支えてくれている。

 選手やコーチの立場から彼が一番長くコンサのことを見てくれている。
 
 私は彼に何れコンサの監督をやってもらいたいと思っている。

 なんたって一番コンサのことを知り、理解してくれている人だと思うから。
 

posted by asa3804 |22:55 | コンサ10年の思い出 | コメント(4) | トラックバック(0)

2006年09月25日

深川友貴はがんばる選手で良い人(コンサ10周年の思い出)

 私には深川はとにかく一生懸命、がんばる選手という印象が強い。
 ピッチを縦横無尽に走り抜け、底知れぬスタミナを見せてくれた。
 コンサの降格と昇格を知っている数少ない選手の一人でもある。
 FWだが、結構MFとして汗かき役もしてくれた。

 私が印象深いのは、実はリーグ戦ではなくて1999年4月7日の室蘭で行われた福岡とのナビスコカップの戦いだ。

 その前年、参入戦で破れ、そしてリベンジをかけて戦った室蘭での戦い。
 室蘭は当日、雪が降っており、非常に寒い1日であった。
 その雪のなか、深川は途中出場で見事決勝点を決めてくれた。
 雪なので黄色のカラーボールを使用していたが、深川の思い切って打ったボールはゴールネットを揺らし、そのまま気温が低いためかゴールネットに張り付いてしまった。一瞬ゴールしたかどうかわからなかったほどだ。
 
 深川はあのバルデス、エメルソン、ウィルの3人と2トップを組んだFWでもあった。(他にそんな選手はいただろうか?)
 
 個性の強い3人のFWを支えてくれた選手でもあり、地味だがいい仕事をしてくれた選手だ。
 
 また、深川はサポにもいつも笑顔で接してくれて、物腰が柔らかく、良い人過ぎるほど良い人だ。しかし、私の印象に過ぎないが、良い人過ぎたせいかプレーにもう少しわがままな部分があってもよかったかなと思っている。

 とにかく今なおコンサのために働いてくれている。U−18のコーチとして、どんどん選手をトップチームに送り出してほしい。

posted by asa3804 |22:24 | コンサ10年の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年09月21日

照れ屋の右サイド(コンサ10周年の思い出)

 「たぁ〜ぶ〜ち」のサポのかけ声が今でも耳に残っている。田渕龍二。
 彼の思い出にあの浦和戦のゴールをあげる方が多いだろうが、
 あの試合については私はバックスタンドで観戦して間近で見たのだが、ゴールした後の彼の表情が忘れられなかった。

 「田渕、田渕」のサポの賞賛のコールに嬉しくて笑いたいけど笑いをこらえた照れた表情を思い出す。 
 田渕というと、黙々と右サイドを駆け上がっていく姿が忘れられないが、
実をいうと私は彼に不満を持っていた。彼の常々守備的な戦い方に「もっとチャンスがあれば上がれ。」とつい叫んでしまったものだ。

 田渕の守備的な戦い方は当時の左サイドの攻撃優先主義の結果でもあったろうが、もっと攻撃的になれと考えていたのは彼は1対1に非常に強く、ボールをひとたび持ったならば突破する確率は高いと思っていたからだ。 それだけ彼に期待していた。

 彼はインタビューでも照れ屋さんだった。そして印象深かったのがラーメンの話。よく雑誌で田渕のインタビュー記事を見たがラーメンはやっぱり徳島がうまいと言い続けていたことだ。

 彼は言動には芯があると思ったものだった。

posted by asa3804 |21:46 | コンサ10年の思い出 | コメント(0) | トラックバック(0)

2006年09月06日

神戸戦で彼らの解説を聞きたいものである。

 10周年記念のOB戦

  昔からのサポならば垂涎のメンバーだろう。

 バルデスに田淵そして、あの平川、野々村に木島、川合など

 往年のプレーは見られないと思うが、今からわくわくものである。

 欲をいえば、マラドーナとペレイラ、村田を呼んで欲しかった。

 ちょっと気になるのが、平川。私は実際の彼のプレーを見ていない。

 1996年の8節以降引退して試合に出ていない。
 
 OB戦はわずか30分だが、非常に楽しみである。

 あわよくば録画でよいから地上波で放送して、彼らの生の声を聞きた

いものである。

 そして、彼らに神戸戦の解説をしてもらいたい。おもし

ろい解説が聞けるのではないか。





posted by asa3804 |21:34 | コンサ10年の思い出 | コメント(2) | トラックバック(0)

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