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2017年09月02日

『太宰 治の辞書』  北村 薫

 『空飛ぶ馬』、『夜の蝉』、『秋の花』、『六の宮の姫君』、『朝霧』 に続く 円紫さんと私シリーズの6作目、17年ぶりの作品です。

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 『朝霧』 で完結したと思っていたのですが、作者は《私》のその後と、芥川や太宰の事を書きたかったのでしょうね。
 もしかすると、最初に書きたかったのは芥川や太宰の事で、彼らの事を書くのなら《私》に語らせるしかないと思ったのかもしれません。
 (後で調べたら、あるインタビューの中で作者自身がそのように語っているのを見ました。)

 『太宰治の辞書』 は、「花火」、「女学生」、「太宰治の辞書」の3篇から成ります。日常の中の謎を探るのではなく、『六の宮の姫君』 の時のように、芥川龍之介と太宰治の文学の謎を深く掘り下げています。
 「花火」は、文豪ピエール・ロチの 『日本印象記』 と 芥川龍之介 『舞踏会』 の関係。「女生徒」 は、太宰治の 『女生徒』 と、その基になった有明淑の日記を対比させながら、太宰の創作の謎を解き、その文学性を語ります。「太宰治の辞書」 は、以前の作品では探偵役だった円紫師匠から出された問題を 《私》が解決していくスタイルで書かれており、太宰治が愛用したという辞書をメインに据え、彼の語彙の源を探ります。
 このような謎解きは 本好きには堪りませんね。ここに登場してくる作品を全て読んで、その謎解きの後追いをしてみたくなります。

 大学を卒業して みさき書房に入社した《私》も 今や40代。太宰の頃には初老と言われた年代で、職場では中堅の編集者として活躍しています。私生活においても、結婚して、中学生の息子が 1人おり、一昨年に 埼玉の夫の実家の近くに家を建て、忙しいながらも 平穏な毎日を送っています。 
 《私》の日常生活については殆ど語られていません。夫に関しても殆ど記述がなく、『朝霧』 で登場したあの男性なのかどうかもノーヒントです。《私》が どんな男性と どんな恋愛をして結婚したのか、ちょっと気になりますが、想像するしかないようです。
 しかし、“水を飲むように” 本を読み、文学の事になると目が無く、些細な事に違和感や疑問を感じ、その違和感の謎を解いていく文学探偵ぶりは 大学生の頃の《私》と何も変わっていません。
 そのような姿からは 平凡ながらも幸せな生活を送っている様子が窺え、自分の娘の事のようにホッとしました。


posted by aozora |15:15 | 本の話 | コメント(1) | トラックバック(0)