2016年11月28日
改めてその場に居なかったことの幸せをかみしめる
昨日の午後は、「高みの見物」その1であったのだが、あの残酷な結末を見せられては、やはりあの場に居なくて良かったのだということになるのである。 まあ最終戦の最後に対する批判は、これで払拭されるのだろうと考える。 やはりどんな形であっても、しがみついてでも、みっともないと言われようとも、あの選択は間違っていなかったのだということになったのだな。
劇的はその前からあったのか。 先にあった「J2・J3入れ替え戦」の第1戦は終了間際のゴールでの決着。 最も観衆数を見れば、今一つ物足りないことになるのではあってか。 今一つスッキリしない感じ、まあ取りあえずアドバンテージを得た程度。 次戦が実はホームでやれないことがどうなのか。その場所は近隣とはいえ、今年やっていない場所で、相手は対戦の関係で一応経験値があるという差がどうなのか。 勝手な憶測はあれだけれどもね。
肝心の「J1昇格プレイオフ」であるが、まあキンチョウの方はあんな感じでしょうかね。 最も盤石な感じはしないのだが。 もう一つの試合の方が劇的であったわけだが、不運があったとしても、結局そこに至った結果というのは先にあった42試合を経てのものなのだから、擁護できることにはならないのだろうなと。 こちらも大雨の影響もあるのだろうが、あの地の割にはいささか寂しい観衆数であったのか。 ネタはアウエイゴール裏の「湯気」なのかね。
呑気に論評らしきことができるのは、我々としてはシーズン通して得られたことの結果だからではあってか。 あの残酷さを見てしまえば、本当に最終戦の最後の方のやり方に非はないということなのではあるのよ。
posted by akira37 |04:41 | 雑記 | コメント(0) | トラックバック(0)