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強くたって・弱くたって(強く成るさっw)、他人にののしられても、無条件にコンサドーレを愛し・応援し続けますと誓った1サポです。 いつかきっと、J1でも『優勝パレード』やるぞぅ♪… コンサネタばかりじゃ無いからつまんないと思うけど、たまには遊びに来て下さいませ‥‥
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2007年01月04日
カテゴリーはコンサでは無い‥‥悔しいけど 札幌の快進撃の為に準備した、元旦国立の時間が残ってしまった 準決勝が終わったとき、正月休みの観光旅行にしようと思ってた2泊3日 試合後の忘年会(本当は新年会の予定だった)で、知人より観戦チケットを分けて戴いた(感謝感謝) それもSA席C列、ガンバ寄りのコーナー部分だった
朝、五反田のホテルから明治神宮へ初詣と向かった 思っていたより人は多く無かった。‥って言うか、きっと深夜日付が変わる頃が混んでいるんだろうけれど(笑) そこで何人か、青やら赤やらのニットマフラーを巻いた人を見かけた 私(亭主)と同じ思いで参拝してから、国立へ向かうようだった 神宮の通路脇に、お願いごとを書いて納める箱があった勿論、しっかりとお願いごとを書き込み、お金も同封して納箱してきた 国立の夢は国立のある街の神社だよね(笑) スタジアム通路入り口から見えるスタンド席は、既に真っ赤だった この日は先に、日本女子サッカー決勝もあった そこで女子サッカーの優勝チームが、メインスタンドの階段を登っていく姿を見たとき、急に涙が溢れた
コンサ以外の試合なんて興味が湧かなかった 他のチームが喜ぶ姿を見てるなんて、私には想像がつかなかったから‥ でも、あの階段に登っていたかも知れないと思った時、悔しさが一揆に噴出した 本当は準決勝までで終わってしまった事が、悔しくて悔しくてたまらなかったんだと、その時気付いた 応援だって、サポーターの数だって、サポーターの熱さだって、選手の気持ちだって、どれを取っても負けて無かったあの日 でも、これがサッカーなんだなぁ‥‥そう思うようにしていた G大阪のサポーターは、エコパの倍は居た(苦笑) やっぱ、舐められてたのかなぁ~遠いから?勝利を確信していたから? でも応援はやっぱり札幌のほうがいいよ、絶対いいよ 決勝戦なのに、旗振りポールは5本しか無い?!少なくないか? そんなGとは対照的なレッズは、サポの多さも旗の多さも、流石!とうならせるものがあった 一番凄いなぁ~と思ったのが「天皇杯」と織り込まれた、ニットマフラーを巻いていた事だった もしかすると、今回に限らず天皇杯用に作られた物なのかも知れない 毎年、天皇杯を戦うときだけ巻いてるのかも(笑) 選手入場時には、ユニ型ビッグフラッグが掲出され、その下から現れた人文字も素晴らしかった(ぅん、札幌だってやれるなっ)
試合前、オーロラビジョンに映し出された準決勝ゴールの映像 札幌の2失点目のシーンが映ったとき、近くに座っていたレッズサポからブーイングがあった 私の席の周りは、殆どがレッズサポだった 隣に唯一、関東サポさんがいたので、とても心強かったけど(笑) 試合中、ボソボソ話してる私達の会話が聞こえたのか「札幌の方ですか?惜しい試合だったんですよね」と前の方が声を掛けてくれた (そうなんです。旗が揚がってれば歴史は変わってたかも‥) そう言いたい気持ちをグッと抑えて 試合は一方的でつまらないものだった Gは大半を攻めていたのに、結果はレッズになびいた やっぱり、札幌にもチャンスは有ったなぁ~と、益々悔しい そんな貴重な時間を体験し、学ぶことも多かった天皇杯 今度チャンスがあったら、この経験を糧にしてしっかり勝利を掴みたい 帰り道寄ったカフェショップで、少しだけ寂しい気持ちに成った 私達なら名前も顔も知らない同士でも、コンサレプリカを着てたら ニッコリ笑って「今日はおめでとう!」とか帰りは「お疲れさまでしたぁ~」とか、声を掛け合うよね でも、沢山レッズサポがレプリカ着たまま休んでるのに、誰一人として声掛けないんだよね たった今、天皇杯優勝したんだよっ! 嬉しく無いはずないよね‥‥寂しいね 私は札幌のサポで本当に良かったよ‥‥つくづく
2007年01月04日
2007年も、いまこうしてPCの前に座ってる間に3日から4日に変わっていく コンサドーレ札幌のゲームを、初めてスタジアムに見に行ったあの日から、 もう9年が経過した クラブ10周年記念の年は、天皇杯準決勝まで勝ち進み 夢だと思っていた元旦国立での決勝戦も、それ程遠い夢じゃ無かったんだ ‥っと、現実的に思わせてくれた
リーグ戦でも遠征は年間5~6回ほどなのに、この2ヶ月間の遠征費は‥笑 「今行かなきゃ、一生後悔するよっ」と言われたり 「こんな事、もう死ぬまで無いかもしれない」とも言われたり‥‥言い過ぎだよん凹 準決勝当日、羽田には予定より15分遅れで着いたおかげで、新幹線乗り継ぎが危うかった 預けたポールもなかなか出てこない やっと荷物を受け取り、それからはJRに乗っていても気持ちは走り 新幹線乗り継ぎでホームに降りた時は、駅員さんを捕まえて 「新幹線に乗るんだけど!どっち~?!」っと、きっぷを握り締めて叫びながら走り続けた(あとでその姿を想像したら。笑) お陰でツアーのみんなに追い付き‥‥もぅ、死ぬかと思ったよ私がエコパに着いた頃は、もうピッチ練習が始まっていた 急いで、札幌から運ばれてきた3連ビッグフラッグ掲出の準備に参加した 選手入場から繰り広げられた応援も、サポーターの数も、G大阪など敵じゃなかった 試合中、G大阪の応援は聞こえなかった 札幌の応援が切れたときだけ、少し聞こえた程度だった 失点しても、ちっとも負けてる気はしなかった むしろ相川の綺麗なシュートは、鳥肌ものだった でも、札幌の2006年は全て終了した フクアリや、ユアスタで無くて、エコパに漂ってるものがあった それは、4強を褒める満足した空気だった 準決勝まで勝ち進んだのはとても嬉しいけど、この試合に勝利して決勝を戦うのが最終目標のはず 勿論、エコパに来てるサポーターみんなが描いてるはず でも「もう此処まで来られたんだから、負けても悔いは無いよねぇ」と言う会話は、どこにでも流れていた 本音は「負けても立派な成績だよ」と言うほうで 建前は「今日勝って、国立へ行くんだ!」だったように感じた そう言ってる私にも、そんな気の緩みが無かったか?と自問してみたり‥‥ もう誰もが思ってることだけど、これが実力だったのかも知れない あの時、旗が揚がってたら歴史も変わってたのかも知れない でも、もし延長戦に成ったら勝てたのだろうか? 前半1点先制のままハーフタイムに入ったとき、正直もっと得点されると思っていたから 「なんだ、札幌にも勝機は有るよ」と話していたのだが‥‥ どう見てもGの選手は上手かったし、ゲームが進むにつれて 札幌のプレーにも馴染んで来てたようにも見えた でも、それを認めたく無かった 札幌だって頑張ってた 選手同士でプレ-をフォローし合ってたし、スピードにもあたりにも負けてなかったしね 終わって挨拶に来た選手は、誰もが満足感と清々しい表情だった 記者会見後戻ってくれた監督も、送る私達は感極まって涙だったけど 監督はやり終え、肩の荷を下ろしたように見えた
同じ絵を描くのは、何も選手だけじゃ無いと思う 天皇杯で国立に行こう!と歌ったサポのみんなも、同じ絵を描いていたよね フロントだって始めは、何処まで勝てるのだろうか?と思っていたはず でもちゃんと元旦まで、優勝報告イベントの準備まで考えていたと聞いたとき みんな同じ絵を描けるように成ったことが嬉しかった この10年間は無駄なんて無かったと思いたい 過ぎ去った全ての時間はこれからの糧に成り、2007年からの目標もしっかり見えて来たと思う 何だか、今までで一番手ごたえを感じる春が来たと思ってる *追記 この歴史の1ページを残しておきたい http://www.jsgoal.jp/news/00042000/00042645.html http://www.jsgoal.jp/news/00042000/00042722.html
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